甲府城の観光の見どころは?駐車場・アクセス・歴史を詳しく紹介!

甲府城は山梨県甲府盆地の中心にあるお城です。かつては、豊臣家、織田家、徳川家も支配した歴史のある甲府城ですが、現在は整備中で、天守閣もありません。今回は、甲府城を紹介します。見どころ、アクセス情報など参考にしていただければ幸いです。

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目次

  1. 1歴史の詰まった甲府城が山梨観光におすすめ
  2. 2訪れる前に知っておきたい甲府城の歴史
  3. 3甲府城の観光の見どころ①:「石垣」
  4. 4甲府城の観光の見どころ②:「二重の石垣」
  5. 5甲府城の観光の見どころ③:「稲荷曲輪門」
  6. 6甲府城の観光の見どころ④:「庄城稲荷跡」
  7. 7甲府城の観光の見どころ⑤:「稲荷櫓」
  8. 8甲府城の観光の見どころ⑥:「本丸跡」
  9. 9甲府城の観光の見どころ⑦:「鉄門」
  10. 10甲府城の観光の見どころ⑧:「桜」
  11. 11甲府城の観光の見どころ⑨:「信玄公祭り」
  12. 12甲府城の駐車場・アクセス
  13. 13甲府城周辺の見どころ
  14. 14都心からも近い甲府城観光がおすすめ

歴史の詰まった甲府城が山梨観光におすすめ

富士山に抱かれた甲府盆地にある名城甲府城。本丸・天守閣はすでに存在していないものの、豊臣家の時代には金の瓦が使用されたなど、その歴史は華やかです。

また、山梨・甲府と言えば武田信玄をすぐに思い浮かべ、信玄=甲府城だと思う人が多いようですが、実は織田・豊臣・徳川家など様々な名将が重要視してきたお城だったようです。甲州街道というアクセスの良さや肥沃な土壌が自慢の地域でした。

また、お城の名称も数回にわたって変わっています。今回は、武田氏から明治まで、甲府城の面白い歴史や見どころを紹介します。見どころや修復工事の状況、アクセス・駐車場情報など、参考にしていただければ幸いです。

天守閣は残されていないが魅力たっぷりの甲府城

甲府城は、残念ながらその天守がなくなっており、現在は、道路の神道などによるひずみの修復がされている周辺の櫓や石垣などが見どころとなっています。

また、石垣の上に生えて残っていた松が害虫で枯れたことが石垣の崩れにつながったといわれており、当時、驚いた人は多いようです。

また、甲府城は標高298mの平山城で、かつては甲斐府中城、一条小山城、舞鶴城、赤甲城とも呼ばれていたようです。現在は、舞鶴城公園、甲府市歴史公園と呼ばれて公園として親しまれています。

また、現在は、松の跡に桜が植えられ、公園として整備され、「舞鶴城公園」が甲府城址を意味するようになっています。

確かに、本丸・天守閣がない姿は、少し残念で寂しい気もします。しかし、高台になっていて見晴らしがよく、桜の名所としても有名です。

そして、何より甲府駅に近いので、アクセスしやすくなっているため、山梨観光の際には数多くの観光スポットの1つとして、さらっとアクセスすることができます。

天守閣がない、といいよりも、公園を散策するというような気軽な気分で甲府城を学んでみてはいかがでしょうか。戦国時代から明治まで、日本の歴史上、とても重要視されたお城であり、また、歴史上の人物の思いの詰まったお城なので、ぜひ、一度は訪れてみてはいかがでしょうか。

訪れる前に知っておきたい甲府城の歴史

ここでは、甲府城の華やかな歴史を紹介します。時は天正10年、武田氏が滅びた後、今度は甲斐は織田信長により支配されるようになります。

さらに、本能寺の変で甲斐は徳川家康の支配下となります。その後、平岩親吉が城代となりますが、甲府城が現在残っているような姿で築城されるのはまだこの時期ではなったようです。

甲府城の歴史①:「豊臣秀吉と甲府城」

豊臣秀吉の天下統一で徳川家康は関東に、甲斐は秀吉の甥、羽柴秀勝が支配することになったようです。加藤光泰が文禄の役で没すると浅野長政・幸長らにより躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)が治められました。

また、甲府城は、この時期に一条小山の城郭として築城され、正式名が甲府城、雅称が舞鶴城だったようです。石垣も、さらに金箔の瓦も、この時期に作られた古いものです。天守閣ができたのもこの時期なのでしょう。

この時期に甲府城ができるまで、甲府盆地が要塞のような形をしていたので、城を築く必要はないと考えられていました。武田氏の支配拠点には躑躅ヶ崎館があるのみだったということです。

武田氏滅亡によい徳川家康の家臣・平岩親吉(ひらいわちかよし)の領地になるまで、山梨の甲府城は存在せず、この躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)がお城のようなものだっただそうです。

甲府城の歴史②:「浅野長政と甲府城」

平成に入って始まった山梨の甲府城内の発掘調査では、各曲輪から浅野家の金箔や朱を使用した瓦、家紋瓦、および、豊臣家の家紋瓦が発見され、当時築城されたことがわかるそうです。また、木の器、漆器、土器も発掘されました。珍しい金箔付きの瓦は、当時、天守閣の甲府の地元民だけではなく、世の中の皆を驚かせたのではないでしょうか。

甲府城の歴史③:「徳川幕府と甲府城」

ここでは、山梨の甲府城と徳川家の関係を紹介します。関ヶ原の戦い後、徳川家康の支配下となった甲斐は、1607年に再度、幕府の直轄となりました。

この時期は、まだ甲府城は徳川家光の四男の徳川綱重が治め、その後、その子で後の6代将軍家宣である綱豊の時代までに甲府藩・甲府家は大隆盛しました。そして、この時期に、大規模な修復が実施されたようです。

江戸時代には、幕府直轄のお城でしたが、5代将軍徳川綱吉の側用人、柳沢吉保とその子柳沢吉里が甲府藩主になり、鉄門の名前などが変更されたりして、その20年後、柳沢家の転封により、幕府の直轄地になりました。

甲府城の歴史④:「新選組と甲府城」

新政府軍が東海道および東山道から江戸に進撃したのですが、その際、甲府海道が進軍に使用されるのを防ぐため、また、公には甲斐の治安を守るという名目で、勝海舟は新選組、特に近藤勇に甲府城を任せました。

そして、その隊名を「甲陽鎮撫隊」(こうようちんぶたい)と名付けました。近藤勇は、勝海舟に、進撃を食い止めたら大名格にすることを約束されたといいます。

しかし、そのことが命取りとなったのか、近藤の出身地および土方の出身地である日野を通った際、出世の知らせを聞いた地元民の歓待を受けるうちに、新政府軍の板垣退助らが先に甲府城に到着してしまいました。

さらに、甲府城代も恭順したので、新撰組は戦う前に新政府軍に甲斐をとられてしまいました。さらなる新政府軍の進撃に対して新撰組の残りの兵士も離脱し、負けたそうです。

甲府城の歴史⑤:「明治から現在まで」

明治維新では、山梨の甲府城も廃城になり、天守閣や鉄門なども壊されました。甲府城は兵部省による管轄下に置かれ、軍事目的に使用されたそうです。また、敷地の北側の一部が線路になりました。

そして、大正時代に県の資産としての扱いになり、昭和時代には西側、現在の山梨県庁など、市街地になりました。しかし、昭和の後半期から文化財として保護されるようになり、平成時代に入ってようやく発掘や整備がなされるようになったということです。

現在は、県庁側に土塀と門がありますが、これも平成に入って再現されたもので、塀や棟門(むなもん)も同様ですが、石垣に関しては、崩れかけていて現在まで修復が完了しないため、その上には櫓など何も再築できないそうです。

また、東北側の石垣に2階建ての「稲荷櫓」、さらに数奇屋(すきや)曲輪、鍛冶曲輪の復元も見どころです。当時の手法で復元しているそうですが、土塀が元の高さと異なるではないため、問題視する人もいるようです。

甲府城の観光の見どころ①:「石垣」

山梨の甲府城に訪れた際、天守閣がないこと以外に、石垣がやたらと多いことに気づく人が多いようです。

実際に、甲府城は甲府盆地にあり、周囲には遮る高台がなかったようで、石垣が多く作られています。ここでは、甲府城の特徴である、二重の石垣について紹介します。甲府城だけではなく、全国のお城にたくさんある石垣ですが、ぜひ、見比べてみてはいかがでしょうか。

甲府城の観光の見どころ②:「二重の石垣」

甲府城の二重の石垣は、通常の石垣がお城の土台として立っているのに対して、石垣の向こうにさらに石垣が存在します。さらに、石を打ち込み接(つ)ぎで積み直して要塞を強固にしたと考えられているようです。その面白い構造が人気で、おすすめの見どころです。ぜひ、立ち寄りたいスポットです。

甲府城の観光の見どころ③:「稲荷曲輪門」

甲府城の東北にある石垣の上に、当時の建築手法で稲荷曲輪門が復元され、話題になっています。その2層の櫓は見どころですが、元の土塀の高さとは異なるように再現されていることが、話題の1つでもあり、本当の姿はもっと土塀が低いとのことです。ぜひ、観察してみてください。

甲府城の観光の見どころ④:「庄城稲荷跡」

庄城稲荷跡は、庄城稲荷大明という、甲斐源氏の祖、一条次郎忠頼が800年ほど前に、一条の庄小山、現在の甲府城・舞鶴城に築いて守護神として祀った社と言われています。甲府城が築城された徳川氏の時代に、城の守護神として、庄城神社の一部が稲荷曲輪として建てたそうです。戦災で焼失し、その後転々として、現在は甲府城内に復元されました。

甲府城の観光の見どころ⑤:「稲荷櫓」

稲荷櫓は、甲府城東北側の石垣に復元された2階建て・2層式の櫓で、鉄門などとともに復元整備されています。史跡の整備は甲府市も強化しているとのことで、これからますます当時の姿が戻ることがきたいされています。石垣が修復され、石垣の上に何もなかった場所に、本丸・天守閣が建築されていくのであれば、大きな見どころになるでしょう。

甲府城の観光の見どころ⑥:「本丸跡」

甲府城には本丸・天守閣がありません。残っているのは、石垣、櫓、門だけです。そして、本丸の跡地には鉄門跡・銅門跡が残っていて、その中に本丸跡があります。

しかし、現在も、明治時代には本丸の模擬天守が建てられてその威厳は保たれてきたようです。桜の開花時期にはお花見の名所となります。また、歴史が好きな人には、本丸がなくても学ぶことが多いのでおすすめです。アクセスしやすいのも、人気の理由です。

甲府城の観光の見どころ⑦:「鉄門」

鉄門は、鉄門整備情報として紹介します。本丸・天守閣の南西にあったという鉄門は、稲荷櫓、山手門の次は、鉄門ということで、甲府中心部からも鉄門の姿が見えるほど、その存在意義は大きいようです。

また、鉄門は、本丸と天守曲輪の間にあった櫓門で、石垣の上に2層の櫓として建てられて、門には木も多用される予定のようです。

甲府城の観光の見どころ⑧:「桜」

甲府城内には、桜が植えられていて、見どころになっています。お花見の名所としても知られていますが、昔からあったというよりは、石垣の上の松の木が松くい虫の影響で枯れたため石垣が崩れ、代わりに桜が植えられたのだといいます。どちらにしても、石垣に桜は合います。ぜひ、可愛い桜の花を楽しんでください。

甲府城の観光の見どころ⑨:「信玄公祭り」

ここでは、武田信玄の命日に開催される信玄公祭りを紹介します。信玄公の命日は1573年4月12日だといわれています。

こちらのお祭りは、地元民だけではなく、富士山や甲府盆地に観光に訪れる国内外からのお客さんも大勢参加して盛り上がるようです。

武田信玄の生涯を簡単に紹介!

武田信玄は、父親が今川勢と戦するさなかの1521年に甲斐で生まれた武将で、父親・武田信虎公の遺伝子を引き継いで兵法に長けた武将として知られています。

戦国時代の戦上手ランキングで常に10位以内に入る上級者であるだけではなく、子供の頃からすでに利発で、民衆・家臣を軽んじる政治の手法や、弟の信繁公ひいきに反発して、ついに父親を駿河に追放すると同時に、家督相続したのは22歳、さらに、諏訪、信濃に侵攻して、名武将の名を手にしました。

また、一度は助けてもらった恩人、越後の上杉謙信との川中島の戦いは有名です。なんと5回も戦をし、大事な家臣や弟など、側近を何人も失くし、ようやく勝利したといいます。

その後、反織田信長勢力の将軍足利義昭らと手を組んだり、三方ヶ原の戦で徳川家康に打ち勝ったりしますが、そのころ、三河国の野田城に居城した際、持病が原因で甲斐に戻ることになり、そのまま信濃国伊那の駒場でなくなりました。53歳でした。

甲府城の駐車場・アクセス

ここでは、甲府城の駐車場情報や公共交通機関でのアクセス方法を紹介します。甲府城は舞鶴城公園と呼ばれており、甲府駅と山梨県庁の近くにあります。

そのため、JR甲府駅北側の県営北口駐車場や、有料駐車場・コインパーキングが多いので便利です。また、「公園駐車場」は、団体やバスおよび体の不自由な方専用なので利用できないようです。さらに、甲府城北側にある第2駐車場は工事中だということです。

甲府城のアクセス【車】

新宿から山梨の甲府城へ向かう場合、最寄りICは「甲府昭和」IC、「甲府南」ICで出ます。ここから甲府駅を目指せば、甲府駅の東側に甲府城、現在の舞鶴城公園があります。さらに、甲府駅の北側には県営北口駐車場がありますので、利用してみてはいかがでしょうか。

甲府城の駐車場

山梨の甲府城・舞鶴城公園への車でのアクセスの場合、専用駐車場や無料駐車場は設置されていないため、甲府城・舞鶴城公園近くの駅の周辺にある有料駐車場に停めることになります。県営北口駐車場がおすすめですが、他にも、ぜひ、お安い便利な場所をさがしてみてください。

甲府城のアクセス【公共交通機関】

JR中央本線・身延線のJR甲府駅のすぐ東側に甲府城があります。駅南口から東へ徒歩2分ほどで「舞鶴城公園」です。

JR中央本線で甲府へ向かう途中、甲府駅の少し手前で二重櫓が見えます。高台の上に石垣の上にあるはずの櫓がないその姿が特徴的ですぐにわかるでしょう。この稲荷櫓は2004年に石垣の前に再現されました。

住所 山梨県甲府市丸の内1丁目地内

甲府城周辺の見どころ

ここでは、甲府城と合わせて巡りたい、甲府城周辺の見どころやおすすめの観光スポットを紹介します。

富士山に抱かれた、都心にもほど近い山梨県には、有名な場所や地元民に愛されるB級グルメなど、見どころや観光スポットが多く、甲府城と合わせての観光をおすすめします。

富士山に抱かれた、都心にもほど近い山梨県には、有名どころから地元民に愛されるB級グルメなど、見どころや観光スポットが数えきれないくらいあるようです。
 

都心からも近い甲府城観光がおすすめ

山梨の甲府城の情報はいかがでしょうか。武田信玄だけではなく、豊臣秀頼、浅野長政、徳川将軍まで、かかわった名武将は多いようです。本丸・天守閣は今はありませんが、金の瓦など珍しいものも発掘されており、見どころもあります。さっと立ち寄って、石垣など観光したり、桜を愛でてみてはいかがでしょうか。

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この記事のライター
ismy

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