ガリバー王国の現在は廃墟が怖いと話題!心霊映像のロケ地になった場所とは?

ガリバー王国は、現在、山梨県最大の心霊スポットだと言われています。今回は、かつてはテーマパークとして人気だったはずの場所が、なぜ廃墟となり心霊スポットとなったのか紹介します。話題の心霊スポットとなったガリバー王国に、訪れることはできるのでしょうか。

ガリバー王国の現在は廃墟が怖いと話題!心霊映像のロケ地になった場所とは?のイメージ

目次

  1. 1富士ガリバー王国は山梨の心霊スポット?
  2. 2ガリバー王国とは?テーマパーク?
  3. 3ガリバー王国の場所は富士山の麓
  4. 4ガリバー王国と山梨・上九一色村との深い関係とは?
  5. 5ガリバー王国は救い主に見えた?
  6. 6ガリバー王国のガリバーの建設と総工費
  7. 7ガリバー王国はいつ閉園に?原因は?
  8. 8ガリバー王国のアクセスが悪すぎた
  9. 9ガリバー王国は一度復活した?
  10. 10ガリバー王国のガリバー像の大きさ
  11. 11ガリバー王国が怖い心霊スポットと言われる理由は?
  12. 12ガリバー王国の心霊スポット「洋館やアトラクション」
  13. 13ガリバー王国は富士急ハイランドと比べて寂しすぎる
  14. 14ガリバー王国の内部はどのようなものだった?
  15. 15ガリバー王国には最大級のものも多かった
  16. 16ガリバー王国の「ガリバー旅行記」とは
  17. 17ガリバー王国の中には立ち入り禁止
  18. 18ガリバー王国など世界中が廃墟ブーム
  19. 19ガリバー王国は天体観測スポット
  20. 20ガリバー王国以外のテーマパーク廃墟スポット
  21. 21ガリバー王国は怖い場所として有名だけど入れない

富士ガリバー王国は山梨の心霊スポット?

山梨県のガリバー王国は、心霊スポットとして有名です。心霊スポットといえば、怖いイメージですが、ガリバー旅行記は有名なおとぎ話です。原作は風刺小説で、ホラーではありません。

今回は、山梨のガリバー王国がなぜ現在は心霊スポットと呼ばれているのか、心霊とどのような関係があるのか紹介します。意外と人気の場所です。ぜひ、おでかけの参考にしてみてください。

ガリバー王国とは?テーマパーク?

ガリバー王国は、現在は単に閉業している場所ではなく、廃墟として有名な場所です。廃墟化したテーマパークというのが好きな人々や海外からも注目されているようです。その内部の現状は、現在は自分で確かめに行くすべはなく、写真や公開された情報でしか見ることができないようです。

ガリバー王国の場所は富士山の麓

山梨のガリバー王国は、正式には富士ガリバー王国という名称です。その名のとおり、ジョナサン・スウィフトの名作「ガリバー旅行記」という小説のテーマパークです。富士山がしっかりと背景に収まるこのテーマパークは、ヨーロッパ風の建物などとてもかわいいと評判でしたが、たった4年で閉業に追い込まれたそうです。

山梨のガリバー王国の場所を紹介します。ガリバー王国は、富士山の北麓の、開拓民が手放した旧国有地が利用されています。

自然あふれる環境で、ガリバー王国内には巨大なガリバー像やふれあい牧場があり、本物のトナカイやワラビーがいて触れ合えたといいます。さらに、当時は、近くには、リゾートホテルや富士中央ゴルフ倶楽部があり、日本有数のリゾート地でもあったようです。

ガリバー王国と山梨・上九一色村との深い関係とは?

山梨のガリバー王国の跡は、山梨県の上九一色村という場所にありました。上九一色村は、オウム真理教という集団がサリン事件に使用したサリンを製造した場所です。

市町村合併により、当時の上九一色村北部は現在は甲府市、南部は南都留郡富士河口湖町になりました。ここでは、上九一色村と呼ばれていたころのガリバー王国の関係を紹介します。

オウム真理教とは

すでに死刑になった麻原彰晃を教祖とするオウム真理教は専門的な工場でサリンを製造し、海外の専門家もその製法に注目していたほどでした。また、そのサリンで一般人を殺害したため、世界中を死の恐怖にさらしました。すでに事件からは20年以上が経過していますが、まだ記憶に新しいのではないでしょうか。

地下鉄サリン事件

地下鉄サリン事件は、1995年3月20日、東京の地下鉄を狙ったオウム真理教によるテロでした。当時、無差別の毒物事件ということで世間を震撼させました。

また、上九一色村の第7サティアンという毒物工場の存在が明るみに出るにつれて、オウム真理教が通常の宗教法人ではないことも警察によって暴かれていきました。

第7サティアン工場まで、ガリバー王国からわずか3kmほどしか離れていません。青木ヶ原樹海もあり、現在までその悪影響が尾を引いていることを考えると、当時、底知れぬ怖い場所として有名になってしまったのは無理もないでしょう。

また、オウム真理教の実態を調査していた弁護士一家殺害事件、教団内部でのとんでもない信徒に対する行動が白日の下にさらされる中、世間に初めて宗教団体の危険性について認識させました。怖い思いを忘れられない人も多いでしょう。

ガリバー王国は救い主に見えた?

当時、静かだった上九一色村は、だれもが「サティアン」を連想する場所となってしまいましたが、サリン事件の後に建設が決まったというガリバー王国は、そんな山梨の上九一色村の救い主に見えたでしょいう。

実際に、当時オープンしたばかりのガリバー王国の写真などを見れば、パステルカラーの洋館など、おとぎ話の国から出てきたようで、とてもおしゃれです。現在でも、営業してほしい、訪れたい、閉館になってしまい残念だと思う方は少なくはないでしょう。

しかし、実際には、上九一色村といえばオウム真理教、オウム真理教といえば上九一色村というように、その悪縁ぶりにはインパクトがありすぎ、富士山の絶景や河口湖といった観光スポットが目の前にあるにも関わらず、そちらばかりが気になった人も多いようです。

ガリバー王国のガリバーの建設と総工費

山梨ガリバー王国の建設費やガリバーの大きさを紹介します。まず、ガリバー王国の広さは、約370,000平方メートル、東京ドーム6個分だということです。テーマパーク全体のイメージは、「リリパット国」というガリバーが訪れる小人の国を実写化したもので、そこに、メインとなるガリバーの像があります。

ガリバー王国はいつ閉園に?原因は?

閉園になったのはガリバー王国じたいの問題ではありませんでした。ここでは、ガリバー王国が開園から4年で閉業に追い込まれた理由を紹介します。

まず、先ほども紹介しましたサリン事件、富士の樹海の悪いイメージが一番の理由にあったようです。風評被害とでもいえばわかりやすくなるのかもしれません。

そうこうして客足が鈍くなるうえに、経営母体の銀行が経営破綻し、ガリバー王国の存続自体が危機に陥ります。

さらに、引き継ぎに名乗りを上げたリゾート開発の会社も、あえなく一年で倒産し、その他にも入札に名乗りを上げる人がなかったため、このガリバー王国はとん挫してしまいました。

テーマパークの閉園は、いつの時代も一抹の寂しさを感じます。それに加えてこのガリバー王国は、開園直後のまだあまりその魅力が知られていないうちに閉園となってしまった、完全に消化不良、燃焼不足の感が否めないのではないでしょうか。

ガリバー王国のアクセスが悪すぎた

また、アクセス良好な場所ではなかった、高速道路からガリバー王国まで、青木ヶ原樹海を通らねばならず、公共交通機関が不便だったのは、利便性の良い富士急ハイランドなどと比較して不利でした。

当時は新東名高速道路が開通しておらず、富士山を通り過ぎていく高速道路の「河口湖」ICを降りて、その後30分間ほど進んでから、最後に青木ヶ原樹海を30分ほど走らなければなりません。現在、青木ヶ原樹海は外国人にも人気の観光スポットではあるものの、怖いと感じる人は多いようです。

深刻な原因が多すぎた

山梨のガリバー王国は、オウム真理教の事件でサリン製造が確認された第7サティアンや、一歩でも踏み入れば出られないという「青木ヶ原樹海」など周囲の環境のイメージがとにかく悪すぎたようです。

また、スポンサーの倒産、さらにはアクセスがもともと不便だったことなど、周辺の環境に致命的な原因が多すぎました。テーマパークそのものが直接の原因ではないのです。とてももったいない、残念な話かもしれません。

住所 山梨県西八代郡上九一色村(現在の南都留郡富士河口湖町)

ガリバー王国は一度復活した?

山梨のガリバー王国は、2004年に、ドッグランとして一度復活したかに見えましたが、翌年に閉園、2007年に解体作業を行ってリゾートホテルを企画した会社はその翌年に倒産したそうです。

その後、さらに手入れがなされることなく廃墟化していき、見た目の印象も怖いものになっていきました。見た目から洋風の心霊スポットで、日本の幽霊などの心霊スポットとはまた違う趣があります。

ガリバー王国のガリバー像の大きさ

ガリバーの像は、総工費3億円をかけて建設された長さ45mの巨大な像です。またガリバー像は、園内のガリバー島と呼ばれる場所にあります。

まだ、心霊スポットと言われる前、オープンしたてのころから、すでに巨大すぎて怖いなどといった口コミがあったようです。

ガリバーの像の周りの建物はミニチュアに見え、人はその臍ほどの大きさしかありません。現在は、このガリバーの像は落書きで汚され、周りは更地です。ガリバー像の周りにあった建物などは2007年に解体されました。廃墟となったガリバー王国は怖い心霊スポットだとまで言われています。

ガリバー王国が怖い心霊スポットと言われる理由は?

現在、ガリバー王国は、怖い心霊スポットといわれています。ここでは、なぜそのように呼ばれるのか、原因を紹介します。

原因は、ガリバー王国が廃墟と化していることです。落書きだらけになってしまったガリバー像だけではなく、洋館の古さ、暗さは心霊スポットの必要条件です。さらには、草が伸びて荒れ放題のテーマパークはどこにも安心感がありません。

ガリバー王国の心霊スポット「洋館やアトラクション」

また、一部のアトラクションが残っていますが、ここはその性質上ハラハラどきどきの場所だからかもしれません。

実際に、怖いと言われている「ミラーハウス」は鏡の迷路の部屋で謎めいています。心霊番組のロケ地として使用されたこともあったようです。「ほんとにあった怖い呪いのビデオ15(10話):ニューロシス」という番組だったようです。

洋館には、まだ新しい機械や家具が置き去りにされ、人形なども散乱しています。カーテンもかかったまま、クリスマスツリーも倒れかけています。まだまだたくさんの建物が残っていますが、どれも新しいのに汚れて人気がない様子は、本当に怖いです。

ガリバー王国は富士急ハイランドと比べて寂しすぎる

また、山梨には富士急ハイランドがありますが、富士急ハイランドの人気の理由は、まず、アクセスが良いことです。また、富士山も見え、ホテル、温泉などもあり、リゾート感覚で過ごせます。

いよいよ、観光客はガリバー王国を思い起こす間もなく富士急ハイランドなどに行ったため、ガリバーは廃墟のまま見向きもされていないという状況がつづいているようです。

現在はそれほどでもなくなったようですが、当時は自殺の名所やサリン事件の場所に近く、アクセスも不便すぎる場所でした。また、たったその後4年でスポンサーの倒産、さらには一度復活したにも関わらず、引き継いでスポンサーとなった会社がこれまた倒産となれば、ガリバー王国は不遇続きで寂しい、残念な印象になってしまいます。

ガリバー王国の内部はどのようなものだった?

ここでは、開園当時のガリバー王国を紹介します。ガリバー王国は、自然や環境との共生を図るエコロジーパークとして開園したようです。

当時の10万坪の円内に、ガリバー島という、池の中には島があり、ガリバー像や洋館がありました。

さらには、トナカイなどと触れ合えたふれあい牧場、ボブスレーランド、北欧村、バルーンワールドの5つのゾーンがありました。

ボブスレーランドは、世界初の900mのボブスレーコースを有するスケールの大きな施設だったようです。サーカスや演劇を見る場所もありました。新東名高速道路もできた現在、もし営業していれば、とても人気の場所になったのではないでしょうか。

また、北欧村というゾーン内にあるショップでは、北欧に関するお土産物などが多数ありました。生活雑貨やお菓子、チーズなどの酪農製品など、北欧の食文化を体験できるゾーンでもあったようです。

ガリバー王国には最大級のものも多かった

ガリバー王国のガリバー像ほど大きな像は、世界中どのテーマパークを探してもめったにないでしょう。

また、ボブスレーや北欧村の規模は、当時の日本一の規模だったといいます。ガリバー王国は、けしてレベルが低いテーマパークだったわけではなく、むしろ、日本一を誇るものや場所がいくつもあり、場所や条件が異なれば、現在でも日本を代表するような人気のテーマパークになった可能性があるのではないでしょうか。

ガリバー王国の「ガリバー旅行記」とは

ガリバー旅行記は、イングランド系アイルランド人のジョナサン・スゥイフト(Jonathan Swift、1667~1745年)が執筆した童話の名作です。

ジョナサン・スゥイフトは、イギリス古典時代の有名な詩人で、パンフレットの発行者、風刺家、司祭でもありました。

この「ガリバー旅行記」(1726年)は、現在は子ども向けの冒険小説になっていますが、これは編集されているもので、もとは風刺小説の傑作だと言われています。

愚かな人間たちをとことんまで批判するもので、人間嫌いだったといわれているジョナサン・スゥイフトの性格が反映されているようです。

むしろ子どもには読んで欲しくない、風刺だらけの人間への悪意を存分にさらけ出した作品です。そんな彼がガリバー王国を見たら、どう思うのでしょうか。心霊スポットというのは意外かもしれませんが、ブラックなイメージは、むしろ彼の思想にぴったりなのかもしれません。

ガリバー王国の中には立ち入り禁止

ガリバー王国の内部は廃墟となっていますが、そもそも中に入れるのかを紹介します。写真家Martin Lyleが園内に入って写真を撮ったり、侵入者が落書きをしたりしていますが、原則、ガリバー王国の園内には入ることができません。入ると、侵入者とみなされます。また、とても危険です。

ガリバー王国など世界中が廃墟ブーム

全国には、経営破綻などによる廃墟化した遊園地やテーマパークが意外とあり、その廃墟ぶり、怖さが話題となっています。

とはいえ、中に入ることはできないので、その廃墟ぶりは公開されている写真などで確認するようです。

中には、どの遊園地の廃墟が一番怖いか、などという口コミも見られます。ガリバー王国のような、本物の街並みやお城がそのまま廃墟化され、内部にはベッドなどがあり、ホラー映画そのものに見えるとの声もあります。

とにかく、廃墟ブームはアメリカの廃墟マニアから来たもののようで、画像がインターネットで公開されてからその廃墟ぶりで有名になりました。ここまで有名になったのは、閉園してしばらくして廃墟になってからのことでした。廃墟マニアにとっては、その廃墟ぶりがとても人気の場所のようです。

ガリバー王国は天体観測スポット

富士山が見られる眺望の良い山は、山梨県内に数多くありますが、山に登らずに富士山と星空を見るには、周囲に山のない低い場所が良いでしょう。

ガリバー王国の周囲のイメージは悪いものばかりのようですが、しかし、明かりのない暗い場所ということが幸いして、星を背景に富士山を収められる天体観測・撮影スポットになっています。

ガリバー王国以外のテーマパーク廃墟スポット

ここでは、ガリバー王国以外の人気の廃墟スポットを紹介します。廃墟スポットには、独特の魅力や美しさがあるといいます。日本だけではなく、海外にも知られた遊園地の廃墟などを紹介します。人気のスポットは、写真などもやはり芸術的なので、ぜひ一度見てみてはいかがでしょうか。

廃墟マニアの聖地:旧「化女沼レジャーランド」

宮城県の化女沼レジャーランド(1979~2001年)を紹介します。化女沼レジャーランドは、メリーゴーランドや観覧車が錆びながらたたずむ姿が意外な美しさがあり、様々なプロモーションビデオなどのロケ地となっています。

また、英デイリー・メールで紹介されるなど、海外でも知られています。また、「廃墟マニアの聖地」「廃墟の女王」と呼ばれています。見学ツアーもあるようです。ぜひ、訪れてみてはいかがでしょうか

バブル崩壊で2001年に休園、2003年に温泉採掘後も遊園地が撤去されず、現在の化女沼保養ランドという名称になってはいますが、何もなされず廃墟となっているようです。

住所 宮城県古川市小野遠沢10-39

「高子沼グリーンランド」

福島県福島市の「高子沼グリーンランド」を紹介します。当時は、「高子沼ファミリーパーク」(1982~1999年)という名前の通常の遊園地ですが、経営難で閉園になったようです。

山腹の通常の森林の中に長いジェットコースターがあり、山頂には観覧車が見えますが、解体中とのことです。

閉園の原因が経営難で、オーナーが自殺したとか、ジェットコースターの事故だとか、展望台から飛び降り自殺をしたカップルがいるとか、様々なうわさがあり、地元でも怖い場所として知られています。

また、高子沼ファミリーパーク閉園の理由は、海外でも知られるほどの心霊スポットだそうです。日本でも、もう知っている人が少ないようですが、ソニーの心霊ゲーム「サイレン2」、音楽PVなどに使用され、海外では怖い場所としてホラーゲームや心霊写真に登場しているようです。しかし、周辺の高子沼は、散策スポットとして人気です。

住所 福島県福島市瀬上町沼西1

北海道帯広市のドイツの王国「グリュック王国」

「グリュック王国」を紹介します。「グリュック王国」(1989~2007年)は、北海道帯広市に開園したテーマパークです。

ドイツのグリュック王国がテーマで、十勝平野のドイツの森に似た森林の中に、お城や街並みが残っています。

街なみが残っているというのは大げさではなく、外観も中身の内装も忠実に再現されており、遊具や彫刻はドイツから輸入したものだそうです。

そして、屋内プール、ホテル、北海道の漫画家で「キャンディキャンディ」で有名な「いがらしゆみこ美術館」もありました。1992年度は71万人ほどの来園者を記録しています。

閉業の原因は

閉業の原因は、資金難でお城の修築ができなかったことがあったようです。その後も買い手が見つからず、放置されて不法侵入者やどろぼうが多かったようですが、基本的に立ち入り禁止です。特に内部は、我部などが剥がれ落ち、まさに廃墟です。現在ぼろぼろになっています。

住所 北海道帯広市幸福町東6線

年間160万人「奈良ドリームランド」

奈良県奈良市の旧「奈良ドリームランド」(1961~2006年)を紹介します。東京ディズニーランドができる前に開業し、当時すでにディズニーランドのようにしようとした最先端の遊園地ということです。

ディズニーランドのノウハウを存分に活用してTDLを目指したという「奈良ドリームランド」。年間160万人が来場したといいます。その後、東京ディズニーランド(1983年~)、大阪USJ(2001年~)が開業したため、客足が遠のき、閉業したということです。

閉園後、10年間ほったらかしにされ、廃墟化しましたが、しかし、この廃墟がマニアには絶大な人気ぶりで、2007年に解体撤去が完了するまで、有名なスポットだったようです。確かに、端から徐々に外れていく木造のジェットコースターの足場は壮大なスケール感が見ものだったのが分かります。

住所 奈良市法蓮佐保山二丁目1番1号 

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帯広にあるグリュック王国は、ドイツの町並みをそのまま再現したクオリティの高さが人気のテーマパ...

ガリバー王国は怖い場所として有名だけど入れない

ガリバー王国の心霊情報はいかがでしょうか。怖いと言っても、当時の上九一色村の事件や青木ヶ原樹海の存在が怖いのであって、ガリバー王国が実際に心霊スポットだというわけではないようです。

しかし、ガリバー王国に侵入したり、写真を撮って怖い場所として紹介されているのをみると、不気味な印象はぬぐえません。どちらにせよ、現在のところは足を踏み入れる場所ではないようです。

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この記事のライター
ISMY

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