忠烈祠は台北高雄の歴史的名所!夜景や展望台など見どころいっぱい!

忠烈祠は台北高雄にある、戦没者慰霊のための祠です。こちらには、衛兵の交代式・孫文や武人の展示品・展望台や夜景など見どころが多いです。さらに、日本人観光客が台湾で2番目に多く訪れる場所です。今回は、忠烈祠の行き方・アクセス方法や歴史をご紹介いたします。

忠烈祠は台北高雄の歴史的名所!夜景や展望台など見どころいっぱい!のイメージ

目次

  1. 1忠烈祠の衛兵交代式は台北高雄の大きな見どころ!
  2. 2忠烈祠へのアクセス方法!便利な行き方はある?
  3. 3忠烈祠の拝観料金は無料?
  4. 4忠烈祠は日本の護国神社の跡に
  5. 5忠烈祠は烈士33万人の祠で展望台も有する
  6. 6忠烈祠大殿は故宮に似ている?
  7. 7忠烈祠の見どころは衛兵交代式
  8. 8忠烈祠の衛軍服は?持ち物は?
  9. 9衛兵交代式の様子は必見
  10. 10衛兵交代式の時間
  11. 11衛兵交代式の定休日
  12. 12忠烈祠の衛兵になるには?
  13. 13交代式以外の衛兵の様子
  14. 14衛兵は実はイケメン揃い
  15. 15忠烈祠の衛兵以外の見どころは歴史の資料
  16. 16忠烈祠にあるレリーフ
  17. 17忠烈祠の烈士の中の日本人
  18. 18忠烈祠の夜景は高雄一
  19. 19忠烈祠の展望台は恋人の聖地のような写真スポット!楽器演奏も
  20. 20忠烈祠の展望台への行き方・混雑状況は?
  21. 21忠烈祠の展望台からの夜景スポットは混雑?
  22. 22忠烈祠の展望台からの工場夜景がきれいなのは休日
  23. 23忠烈祠の展望台には忠烈祠の門がある
  24. 24忠烈祠の展望台への道には南国の花や石の足もみも!
  25. 25忠烈祠のトイレの場所
  26. 26忠烈祠を観光する際の注意点
  27. 27高雄の忠烈祠以外で衛兵がみられる場所
  28. 28忠烈祠の烈士が生きていた時代の歴史
  29. 29忠烈祠の衛兵交代式は毎日1時間おき!展望台は夜景もきれい

忠烈祠の衛兵交代式は台北高雄の大きな見どころ!

忠烈祠というスポットは台北高雄にあり、正式には国民革命忠烈祠(こくみんかくめいちゅうれつし)と呼ばれています。政治的な場所というより、特に日本人に人気の観光地になっているようです。今回は忠烈祠の見所やアクセス方法などを調査しました。衛兵の交代式や展望台/夜景スポットへの行き方など参考になれば幸いです。

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忠烈祠へのアクセス方法!便利な行き方はある?

高雄の忠烈祠の場所は中華民国台北市中山区剣潭山にあります。後ろに青山、正面には基隆河が流れています。さらに、行き方ですがRT圓山駅が最寄り駅です。そこからタクシーでは5分ほどで到着します。また、KMRT西子湾駅1番出口からは徒歩23分ほどかかって、そこからタクシーで7分ほどです。駅からのアクセスはタクシーがおすすめです。

バスでのアクセスは、台北市聯営公車208、213・247・267・287・21・42に乗って「忠烈祠」バス停で下車、または、台北市聯営公車21・47・40・42・203・208・240・260・291・301・304・308・310で「圓山」バス停で下車します。バス停から展望台までは少々登ります。圓山とは忠烈祠や展望台がある山のことです。

住所:台北市中山区北安路139号

忠烈祠の拝観料金は無料?

高雄の忠烈祠の拝観料金は無料です。最初は神道の護国神社の建物だった忠烈祠ですが、戦後は完全に護国神社ではなくなっているので特にお賽銭などのシステムもないそうです。飲食する場所は特に無いようですが、お水のサーバーがある休憩所が無料で利用できます。お土産物屋さんもないようです。また、歴史資料の展示も無料で観覧できます。

忠烈祠は日本の護国神社の跡に

忠烈祠は、かつて日本の護国神社があった歴史的な場所だといいます。中華民国国民政党政権になってから「忠烈祠」に改変されました。こちらには中華民国建国時期に辛亥革命などで亡くなった烈士や、戦後、抗日戦争などの犠牲者を祀っています。現在はこの1万坪以上の敷地を中華民国国防部が管理し、庭園のように見事です。

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忠烈祠は烈士33万人の祠で展望台も有する

忠烈祠は、台湾や中国の歴史上大きな節目となった戦いで犠牲になった英霊を祀っています。具体的には、清朝を倒し中華民国を起こす際に国民革命で戦死した国民革命軍の兵士や、中国大陸で日中戦争の際に犠牲になった抗日の志士の祠で、合計33万人とも40万人以上ともいわれる英霊、その他、SARSへの対応で命を落とした医師なども祀られます。

また、忠烈祠は日本の靖国神社や護国神社のようなものですが、台湾にはいくつも忠烈祠があります。高雄の忠烈祠も衛兵の交代式などがあり建物が豪華で人気のスポットです。付近には高雄最大の夜景スポットもあるので、地元住民も多く訪れています。この日本とも関連の深い忠烈祠や展望台は平和のために利用されているようです。

忠烈祠大殿は故宮に似ている?

高雄の忠烈祠は故宮の中のある建物に似ています。それは大和殿です。それもそのはず、1969年、歴史的には対立した清朝・故宮の大和殿を真似て建てられたそうです。文化は尊重しているという事ですが、中国の歴史を感じる大きなオレンジ色の瓦屋根と赤くて大きな柱が印象的です。こちら全面禁煙です。

忠烈祠の見どころは衛兵交代式

台湾陸・海・空軍から選び抜かれた端正な兵士数名が、大門と大殿の2か所にそれぞれでこの歴史的な場所を守衛しています。それが衛兵の交代式と呼ばれて観光名所ともなっています。さらには、イケメン兵士による「衛兵交代式」が人だかりができるほどの大人気なのだそうです。午前9時から1時間ごとに交代式があります。

見どころは選ばれた兵士による「衛兵交代式」です。陸・海・空軍のいずれかの軍が半年ごとに50人ずつ選抜されて担当します。少数精鋭の衛兵です。その一糸乱れぬ動き方は、観光客をあっと驚かせたちまち魅了してしまいます。交代式以外の時間についても、まるで、ロボットか人形のように、40分間、瞬きすら控えめにして立っています。こちらは写真撮影ができます。

忠烈祠の衛軍服は?持ち物は?

衛兵の姿は所属の軍によって異なりますが、陸軍は緑で海軍は夏服は白で冬服は紺、空軍は青色です。陸軍の衛兵の場合、白の軍服の日は兜ならぬ白いヘルメットのようなものをかぶっており、さらに白い手袋もしています。また、金のベルトやボタンがとてもおしゃれです。靴は真っ黒、長い銃を脇に抱えているのはどの軍も同じです。

海軍の青い軍服の場合は、ズボンのサイドに縦のラインが入っています。台座に昇降する際にも軍服が乱れることはありません。キレのある動きにも無駄もなく、見ていて気持ちが良いものです。敬礼や、行進の際の隊形の美しさが見どころです。さっそうと行進する兵士の白い軍服が背景の大殿や白い石畳に映えます。

衛兵交代式の様子は必見

セレモニーでは儀杖兵は、まず、入口の大門から入って祠である大殿に移動していきます。大門と大殿それぞれで交代する2人ずつの兵士4人と引率の兵士1人の合わせて5人が交代のため入ってきてセレモニーを行います。行進しながらゆっくりと大殿に一直線に近づくと、任務にあたっていた2人の兵士が隊に合流します。

それは見事な一直線の行進です。軍靴の跡が茶色く石畳に付いて、大門から大殿まで5人分5本、くっきりと伸びています。交代式は行進だけではありません。ここから大殿に向かっての敬礼、続いて銃の状態を確認するための儀式が執り行われますが、銃の確認といっても形式的に振り回したり受け渡しを行います。

銃は重くて6㎏ほどあるそうです。兵士は片手で持ち、交代する衛兵に渡したりするときには回したり持ち上げたりして、さらに、兵士の動きに合わせて軍靴(ぐんか)の音が石畳にこだまします。リズミカルなダンスのようにあっという間に20分が終わりますので、写真を撮影するなら事前に場所を決めておいた方がよいでしょう。

さらに、交代して任務を開始する兵士2人はそれぞれの台の方へ行って、任務を終えた兵士2人は大門の方に戻っていきます。台の上に上がった兵士は汗をぬぐうのも引率の兵士が行いますので兵士は静止しています。ここまでの一連の流れを間近で見て一緒に写真も撮るために観光客が集まってきます。

衛兵交代式の時間

交代式は午前9時から16時40分まで1時間ごとに20分間行われています。時刻は毎時0分に開始、きっかり20分で終了します。広場の白い石畳には兵士が行進する場所がはっきりわかるほど茶色く染まっています。さらに、観光客は多く、兵士の周りを取り囲んで写真を撮ったりしています。混雑するため兵士の護衛が制限します。

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衛兵交代式の定休日

セレモニーは雨の場合、簡略化されます。さらに、よほど悪天候の場合はお休みになるそうですが、他にお休みになるのは毎年3月29日の青年節と、9月3日に軍人節のみです。事前に天候は確認しておいた方がよいでしょう。天候が悪い場合でも、雨の合間などに再開されたらすぐに訪れることができるように詳細な天気図をチェックしてみてください。

忠烈祠の衛兵になるには?

衛兵の仕事は意外と過酷な仕事です。重たい銃を持ったまま瞬きすらしないで40分間直立不動、それに続いて交代式に突入し、6㎏ほどもある銃をスローモーションのようにゆっくりと受け渡し、落とさないようにバトントワリングしなければならないのです。休憩はありません。

衛兵は、まずは台湾国籍を持って台湾の軍隊に入隊します。そもそも台湾国籍の男性は兵役の義務がありますが、そこからが大変です。衛兵は最初の37日間で条件を満たし、本人も希望して2か月間研修を受けなければなりません。そこで合格して初めて衛兵として任務にあたるそうです。身長など、なかなか厳しい条件です。

交代式以外の衛兵の様子

衛兵は大門と大殿に2人ずついるのですが、お互いに会話したりしないのはもちろん、衛兵の額の汗を拭くのも護衛さんの仕事、観光客は近づいても構いませんが衛兵と話したりできません。台湾では忠烈祠は故宮博物館についで2番目に日本人に人気の施設ですが、衛兵は軍人なので気軽に接するのは避けましょう。

衛兵は実はイケメン揃い

選抜されている衛兵の写真を見るとまるでモデルさんのようなイケメンですが、実際にイケメンばかりのようです。その理由は見た目の条件もあるからです。兵士としての訓練を滞りなくこなしていて、なおかつ身長は175㎝から195㎝、体重は64kgから66㎏となっています。どの衛兵をみても、本当にしゅっとしたイケメンばかりだといいます。

忠烈祠の衛兵以外の見どころは歴史の資料

武人のお堂には烈士の中で特に活躍した人の胸像がいくつか安置されています。ここには抗日戦争でぼろぼろになった飛行機を操縦して活躍し、日本軍に恐れられていた高志航・日本軍に警戒されていた張自忠という名の烈士などの彫像があります。他にも資料とともに置いてありますので、日本に関連するエピソードなども学べます。

最初は祀られている烈士は33万人といわれていましたが、現在では40万人ともいわれています。お堂には下から将軍・大尉・中尉と軍の位の高い人が下になって順に上に並んでいます。まだ見つかっていない烈士もいるそうで、ここにまだ祀られていない烈士については、遺族が証明できる書類を持ってくれば中に加えてもらえるそうです。

忠烈祠にあるレリーフ

大きなお堂には、革命や抗日戦争で亡くなった33万人とも40万人ともいわれる英霊が祀られているのが見えます。また、お堂の周りには歴史的な戦いの一部が彫刻の絵/レリーフもあります。日中戦争に関する説明文も日本語で書かれているので見どころです。ギャラリーには絵も何枚もかけてありますが、歴史的な瞬間を描いた名画のようです。

忠烈祠の烈士の中の日本人

烈士の中には日本人の烈士の名前もあります。名前は山田良政。山田良政は日本の青森県弘前市の出身で、ある人の勧めで中国語を学んで陸軍の通訳になりました。ある時、孫文に出合い、生涯の同士になったといいます。山田良政の死後、孫文は東京の谷中に彼の墓碑を作っています。

忠烈祠には山田良政の写真もありますが、姿を見ると中国の帽子に清朝の伝統服も身に着けています。孫文が起こした辛亥革命では真っ先に敵陣である清軍に向かう「しんがり」となったため、清軍に捕まえられて亡くなったなどと言われており、当時の日本人でもここまでした人は他にいないようです。

忠烈祠の夜景は高雄一

忠烈祠からは高雄の85ビルや港まで見渡せる展望台があり、高雄随一の夜景スポットとしても人気です。日本ではあまり知られていないようですが、中国語の情報によると、アクセス方法などが整備されておらず、様々な規制がある場所なのが難点だといいます。行き方は、タクシーがおすすめです。

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忠烈祠の展望台は恋人の聖地のような写真スポット!楽器演奏も

ここには「LOVE」という文字のモニュメントがあり、夜はライトアップされます。忠烈祠は慰霊する場所ですが、ここは恋人が集まる展望台・夜景スポットで愛の場所、恋人の聖地のようになっています。写真を取る人が狭い展望台に来て混雑しますが、結婚式で利用する地元カップルも多いです。カップルにおすすめです。

また、展望台の広場では楽器演奏が見られることもあります。意外とロマンチックで賑やかな場所です。混雑状況ですが、忠烈祠は衛兵交代式が人気で、展望台は夜景がきれいなうえに狭い場所なので混雑します。昼間にこちらに先に訪れてから忠烈祠に参拝する人も多いようです。

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忠烈祠の展望台への行き方・混雑状況は?

展望台は忠烈祠から階段を上った場所にあります。アクセスはバス・車・徒歩などです。圓山の頂上ではなく中腹にあります。頂上へは規制のため登れません。主に徒歩でのアクセスになり、そこから展望台へのアクセスは、徒歩か、バスは便数が少ないのでタクシーが必要です。

難点は地元の土地勘がある人でないと意外と険しくて、夜は治安も心配です。昔から登山規制が敷かれているのも少し不安です。政府の整備も進んでおらず、交通手段もバスが数本なので便利とは言い難いです。昼間なら徒歩でも良いのですが夜は治安上、タクシーにしましょう。小高い山ですので水分はしっかりと補給しましょう。

さらに、昼間なら、行き方はタクシーで登る・下りは徒歩、というのがおすすめだという口コミもあります。さらに、バイクでツーリングするという行き方を取る人も多いです。交代式の最終回を観てから少しのんびりしたい場合はタクシーで夜景を観に行ったりしてみてください。また、5月ごろからは暑いので徒歩は避けましょう。

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忠烈祠の展望台からの夜景スポットは混雑?

高雄の夜景は忠烈祠の展望台からが一番きれいだといわれています。たとえ行き方を知っていても地理的にも規制の上でもなかなかアクセスが限られた場所ではあるのですが、かなり大きな夜景が見られます。高雄の発展とともに美しさを増してきた見逃せない場所だという口コミもあります。

夜景は「壽山LOVE情人觀景台」と表記される場所にあります。夜の展望台への行き方はタクシーがおすすめです。展望台はウッドデッキになっており、三脚を立てて写真を撮影するのは難しいという口コミがありました。それ以前に混雑しているので三脚も並んで順番を待ってからでないと難しそうです。

忠烈祠の展望台からの工場夜景がきれいなのは休日

高雄には工場が多く、工場夜景が見られますが、平日は煙や大気汚染もあり、夜景はくすんでそれほどきれいではないようです。きれいなのは、休日・週末の工場が稼働していない日の夜です。夜景スポットへの行き方にはタクシーを利用しましょう。バスでのアクセスは便数が少ないですし、夕方からの行き方はタクシーが安心です。

忠烈祠の展望台には忠烈祠の門がある

展望台の付近にも石柱が門のようにたっています。忠烈祠の門が鳥居のようです。そこから階段を使って忠烈祠に行くこともできます。門はかなり大きくて、見どころの1つかもしれません。戦前は日本の高雄神社があった場所だといい、狛犬は残されていて歴史を感じます。その他、サルの親子の石像もあります。

忠烈祠の展望台への道には南国の花や石の足もみも!

展望台までの道の途中には、プルメリアなど南国気分が味わえる様々な花が咲いています。ここには地面に足もみ・足ツボ押し用の突起がある場所もあるので、旅の疲れをリフレッシュできるコースかもしれません。夜は、治安が心配なので行き方はタクシーでアクセスしたほうが良いようです。

忠烈祠のトイレの場所

トイレの場所は入口を入って行って右手にあります。トイレの他におむつ替えコーナー・休憩室・水飲み場などもありますので、夏などは体調を整えておきましょう。衛兵交代式のセレモニーの時間は決まっていますが、意外とトイレが混雑していて間に合わないという事もあるようです。衛兵が立つ代の周りも混雑します。

忠烈祠を観光する際の注意点

忠烈祠の敷地内には食べる場所はないようです。特に、食べ物・ガムは禁止されています。飲み物は、ウォーターサーバーが入口から右に入った場所にある休憩所にありますので、こちらで水分補給はできます。ですが、何か、食べたり飲んだりしながらセレモニーを見ることはできないという事です。また、騒いだり、喫煙するのも禁止です。

高雄の忠烈祠以外で衛兵がみられる場所

衛兵のセレモニーは台湾だけでもいくつかの場所で行われています。忠烈祠の他、「国父紀念館」・「中正紀念堂」にもそれぞれ20名ずつほどの衛兵が派遣されています。行き方ですが、アクセスは便利です。半年ごとにメンバーの入れ替えが行われています。精神的なストレスが大きい仕事だといわれていますが、志願して訓練している兵士なので持久力があるのです。

忠烈祠の烈士が生きていた時代の歴史

1897年頃、孫文は清での革命に失敗、1911年、辛亥革命が起こります。日本に留学などしていた蒋介石も同じく辛亥革命に合流し、南京に総統府を置いて中華民国の建国を宣言、孫文は臨時大統領になります。孫文はその後、袁世凱と対立する形で再び日本に亡命し、さらに同じく日本に再亡命していた蒋介石と合流します。

その後、ソ連のコミンテルンで中国が社会主義化しようとする中で、日本への反感が深まっていたので反日闘争になっていきました。これだけ見ても、満洲事変までの中国の歴史は複雑です。1925年に孫文がなくなりますが、天の下に国民は平等だという「天下為公」とう言葉を残しました。また、三民主義も有名です。

孫文の死後は、蒋介石がリーダーシップをとっていきますが、中国国民党に共産党員が入りこんで乗っ取りを企てたので蒋介石の考えとは別の歴史が進み始めました。また、蒋介石が日本に留学していたのは、清朝の派遣によってでした。日本の陸軍に所属していたので、上海では兵士育成を任されるほどの統率力がありました。

中華民国が成立すると上海の南京市に総統府が置かれました。さらに、孫文の死後は遺言によりその南京の中山陵に遺体が埋葬されました。現在の南京市では、中山陵は南京虐殺記念館に次ぐ観光スポットとなっています。360段ほどもある階段や迫力のある祭堂が見どころです。そして孫文は国父と呼ばれていまでも多くの人に愛されているようです。

忠烈祠の衛兵交代式は毎日1時間おき!展望台は夜景もきれい

忠烈祠の観光情報はいかがでしたでしょうか。アクセスも便利で衛兵交代式のセレモニーが大人気です。悪天候などでお休みになる日はありますが、意外と開催回数は多いので鑑賞しやすいのではないでしょうか。飲食禁止、トイレや休憩所の場所、歴史的資料の展示や展望台の夜景スポットへの行き方も参考になれば幸いです。

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この記事のライター
ismy

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