『金剛證寺』のご利益は?伊勢の鬼門を守る寺への駐車場&アクセスも!

三重県伊勢市の山の中にある「金剛證寺」は、伊勢神宮の奥の院だと言われており、伊勢神宮と合わせて参拝するのがおすすめです。今回は金剛證寺の歴史や境内の必見スポットに、お出かけ前に確認したいアクセスや駐車場情報も含めてご紹介します。

『金剛證寺』のご利益は?伊勢の鬼門を守る寺への駐車場&アクセスも!のイメージ

目次

  1. 1伊勢神宮の奥の院「金剛證寺」
  2. 2金剛證寺とは?
  3. 3金剛證寺の御利益
  4. 4金剛證寺の歴史
  5. 5金剛證寺の境内散策
  6. 6金剛證寺の境内1:仁王門
  7. 7金剛證寺の境内2:連間の池と蓮珠橋
  8. 8金剛證寺の境内3:福丑と智慧寅
  9. 9金剛證寺の境内4:本堂「摩尼殿」
  10. 10金剛證寺の境内5:厄除け地蔵尊
  11. 11金剛證寺の境内6:「明星堂」
  12. 12金剛證寺の境内7:奥の院「呑海院」
  13. 13三重県・朝熊山の地域信仰
  14. 14金剛證寺の御朱印
  15. 15伊勢神宮と金剛證寺のおすすめ参拝ルート
  16. 16金剛證寺へのアクセス1:公共交通
  17. 17金剛證寺へのアクセス2:徒歩
  18. 18金剛證寺へのアクセス3:車
  19. 19金剛證寺の駐車場
  20. 20金剛證寺の拝観料や駐車場の料金は?
  21. 21金剛證寺を参拝しよう

伊勢神宮の奥の院「金剛證寺」

三重県伊勢市にある「金剛證寺」は、伊勢神宮の鬼門を守る奥の院として、伊勢神宮と深い関わりを持つ寺です。お伊勢参りの時には、金剛證寺も合わせて参拝するのがおすすめです。地元・三重県の人々も崇敬する金剛證寺とは、どんな場所なのでしょうか?今回は、金剛證寺について、アクセス方法や駐車場情報も合わせてご紹介します。

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金剛證寺とは?

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金剛證寺(こんごうしょうじ)は、三重県伊勢市にある臨済宗南禅寺派の寺院です。山号は勝峰山、院号は兜率院で、朝熊山(あさまやま)にあることから「朝熊山」とも呼ばれています。伊勢神宮の鬼門にあたる場所にあることから、伊勢神宮とともに重要な場所と位置づけられてきた歴史がある寺院です。

御本尊の「福威智満虚空蔵大菩薩」は、日本三大虚空蔵菩薩の第一位です。普段は非公開の秘仏ですが、20年に一度行われる伊勢神宮の式年遷宮の翌年のみ、ご開帳されています。

金剛證寺の御利益

金剛證寺のご本尊である「福威智満虚空蔵大菩薩」は、智恵・知識・記憶などをつかさどる菩薩で、人々に知恵を授けると言われています。そのため、学業や仕事面での御利益が期待できます。

さらに、金剛證寺のご本尊「福威智満虚空蔵大菩薩」は、その名の通り、福徳・威徳・智徳の三徳を併せ持っています。 頭脳活動以外の願いにも対応してくださる、格の高い菩薩です。

金剛證寺の歴史

金剛證寺には、どのような歴史があるのでしょうか?歴史をひも解いていると、金剛證寺は衰退と再興を繰り返し、改宗を経て、長い年月を乗り越えてきたことがうかがえます。ここでは年代ごとに金剛證寺の隆盛と衰退にスポットを当てながら、金剛證寺の歴史を簡単にご紹介します。

1.金剛證寺のはじまり

金剛證寺の歴史は、6世紀半ばに欽明天皇が暁台という僧に造らせた「明星堂」が始まりだと言われていますが、定かではないようです。 

欽明天皇は、推古天皇の父であり、厩戸皇子(聖徳太子)の祖父にあたる人物です。欽明天皇の時代には百済から仏教が伝来し、日本の文化・思想に大きな影響を与えました。

2.空海が再興する

創建が定かではない金剛證寺ですが、はっきりとした記録が残っているのが、825年に空海が真言密教の道場として再興したということです。空海はその翌年にも、現在の三重県鳥羽市河内町にも「庫蔵寺」という金剛證寺の奥の院を建立しています。

ちなみに、金剛證寺の奥の院として建てられた三重県鳥羽市の「庫蔵寺」も現存しています。現在は鬼子母神が祀られ、子育てに御利益があると言われています。鳥羽市に足を延ばす機会があれば、合わせて立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

3.臨済宗に改宗

空海の時代の後、金剛證寺は再び衰退の時代を迎えます。次に金剛證寺が再興したのは、1329年のことです。鎌倉建長寺の5代目にあたる禅師・東岳文いく(「いく」の漢字は「日」の下に「立」)が開山第一世となり、真言宗から臨済宗に改宗したのです。これ以後、金剛證寺は禅宗の寺となりました。

4.伊勢信仰と結びつく

金剛證寺が伊勢信仰と結びついたのは、室町時代のことです。金剛證寺が伊勢神宮の丑寅(北東)の方角に位置することから、「伊勢神宮の鬼門を守る寺」として注目されるようになったのです。この頃、金剛證寺は伊勢志摩エリアで最大の寺になりました。

この時代に生まれたと伝わる伊勢音頭では、「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り」と歌われ、伊勢神宮と共に朝熊山(金剛證寺)へ参拝することを勧めています。

5.九鬼嘉隆ゆかりの寺

金剛證寺は、戦国~安土桃山時代に九鬼水軍を率いた武将・九鬼嘉隆ゆかりの寺としても知られています。嘉隆は、関ヶ原の戦いで敗走した後に答志島(現在の三重県鳥羽市)で自害しましたが、金剛證寺には嘉隆にまつわる品が現在も残っています。また、嘉隆の三男・有慶は金剛證寺に出家し、金剛證寺第12世になったと伝わっています。

6.江戸時代の金剛證寺

江戸時代、金剛證寺は伊勢神宮と共に重要な場所として、徳川家からの保護を受けました。1609年には播磨国主で豊臣秀吉の七将のひとりである池田輝政が、本堂の摩尼殿を再建しました。

本堂摩尼殿は、その後1701年に徳川綱吉の母である桂昌院によって修復され、現在に至ります。江戸時代から現存する摩尼殿は、国の重要文化財に指定されています。

7.大正~昭和にかけて

大正時代末に朝熊山にケーブルカーが開通し、昭和初期には伊勢神宮の内宮前から登山バスの運行が始まりました。交通の便が良くなったことで、金剛證寺への参拝客が大いに増えました。

ところが、第二次世界大戦中の1944年にケーブルカーの線路が軍に金属供給され、ケーブルカーは廃線となってしまいます。一般客の朝熊山入山も禁止され、金剛證寺はまたも衰退の時代を迎えます。終戦後も、1959年の伊勢湾台風で大打撃を受け、金剛證寺はさらに衰退していきました。

8.金剛證寺の復興と現在

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金剛證寺が復興するきっかけとなったのは、1964年の伊勢志摩スカイラインの開通です。交通の便が良くなったことで、金剛證寺に再び多くの参拝客が訪れるようになったのです。1979年には仁王門が再建され、2013年には土日祝のみバスも運行されるようになるなど、現在でも多くの人が金剛證寺に足を運んでいます。

金剛證寺の境内散策

朝熊山の山頂付近にある金剛證寺は、広い敷地が特徴です。境内には、本堂を始めとした大小の御堂があるだけでなく、金剛證寺の長い歴史が垣間見える建築物などが多数残されており、参拝と共に散策も楽しむことができます。金剛證寺の清浄な空気に包まれながら、仁王門から奥の院までの道のりをゆっくりと歩いて回るのがおすすめです。

金剛證寺の境内1:仁王門

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駐車場から境内に向かう時、階段の上に見えるのが「仁王門」です。仁王門の左右では、立派な仁王像が睨みをきかせています。現在の仁王門は1979年に再建されたもので、金剛證寺の中では比較的新しい門ではありますが、非常に重厚な雰囲気が漂っています。この仁王門が、金剛證寺の入口です。

金剛證寺の境内2:連間の池と蓮珠橋

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金剛證寺の境内でまず目を引くのが、大きな池と赤い太鼓橋です。この池は「連間の池」と呼ばれ、金剛證寺を再興した空海が造ったものだと伝わっています。毎年5月中旬から9月にかけては、池全体を彩る睡蓮の花を見ることもできます。

連間の池に架かる太鼓橋の正式名称は「蓮珠橋」と言い、此岸と彼岸の境界の役割を果たしています。「此岸(しがん)」とは欲と煩悩にまみれた現世、「彼岸(ひがん)」は人々が欲・煩悩から解放された「あの世」を指しています。

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蓮珠橋を渡ることはできませんが、橋の向こう側には「雨宝堂」が建っています。雨宝堂の中では「雨宝童子像」が祀られています。

雨宝童子像は、大日如来の化身とされる天照大御神が日向国(現在の宮崎県)に降りたった16歳当時のお姿を、空海が感得して刻んだ像であると伝わっています。神仏習合思想を表した貴重な文化財であるため、国の重要文化財に指定されています。

金剛證寺の境内3:福丑と智慧寅

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金剛證寺の境内には「福丑」と「智慧寅」という2体の像があります。「福丑」の頭の上には小さな大黒様が鎮座しており、触るだけで心が清く意思強固になり、福徳智慧の増強、身体健康の御利益があるそうです。

「智慧寅」は、金剛證寺の御本尊「福威智満虚空蔵大菩薩」のお智慧を頂いた寅です。こちらも福丑と同じように、触るだけで御利益を得ることができます。福丑・智慧寅の2体は、金剛證寺の境内でも特に人気があるスポットです。

金剛證寺の境内4:本堂「摩尼殿」

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金剛證寺の本堂「摩尼殿」は、1609年に起こった火災の後に徳川家康が池田輝政に命じて再建させたと伝わっています。桁行七間、梁間六間、一重、寄棟造り、向拝三間、檜皮葺、背面左右仏壇附属の建築で、外側は朱漆、内側は金箔押と、絢爛な桃山文化を感じさせる御堂です。

摩尼殿は、屋根が少し反り返っているのが特徴です。この屋根は、姫路城によく似ていると言われています。姫路城は、摩尼殿の再建を行った池田輝政の居城であったことから、摩尼殿を再建するにあたって姫路城の影響があったのではないかと考えられています。

摩尼殿では、金剛證寺の御本尊である「福威智満虚空蔵大菩薩」と共に、伊勢神宮内宮の御祭神である天照大御神も祀られています。神仏習合の時代の名残を感じると同時に、伊勢神宮との深い関わりをうかがい知ることができます。摩尼殿は、建築形式や装飾の点で建築当初の姿をほぼ完全に残していることから、国の重要文化財に指定されています。

神仏習合とは?

「神仏習合」とは、日本古来の神道と、大陸から伝来した仏教が混ざり合って同一のものとされた、日本独自の宗教現象のことです。奈良時代から明治維新で「神仏判然令」が出されるまでの1000年以上、日本では神仏習合の状態でした。

現在では神社と寺院は分離していますが、一部の古社には今も神社の敷地内に仏教建築の五重塔が建っているなど、神仏習合の名残が残っている場所もあります。金剛證寺が伊勢神宮の奥の院であると言われていることや、本来は日本古来の神である天照大御神をお祀りしている点も、神仏習合の時代があったからこそなのです。

金剛證寺の境内5:厄除け地蔵尊

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厄除け地蔵尊は別名「重軽地蔵尊(おもかるじぞうそん)」とも呼ばれており、手で持つことができる小さな地蔵尊です。この厄除け地蔵尊は、手順の通りに願い事をすると、願いを叶えてくれると言われています。

願い事の手順は、まず地蔵尊を持ち上げてから静かに台に戻します。次に、左に3回まわしながらご真言を唱えます。その後、願い事をして、もう一度地蔵尊を持ち上げます。最初よりも地蔵尊が軽く感じられたら、願い事を聞き届けてくれた証なのだそうです。金剛證寺を訪れたら、ぜひ厄除け地蔵尊で実際に願い事をしてみてください。

金剛證寺の境内6:「明星堂」

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本堂から奥の院「呑海院」に向かう途中、ひときわ目を引く朱色の御堂が見えてきます。ここは「明星堂」という御堂で、伊勢神宮の鬼門除けとなる「明星天子」という仏神が祀られています。明星天子は別名「三光天子」とも呼ばれており、国土安穏・智慧成就の仏神であると言われています。

金剛證寺の境内7:奥の院「呑海院」

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明星堂から200~300mほど歩くと、鮮やかな朱塗りの「極楽門」が見えてきます。この極楽門の先は、金剛證寺の奥の院「呑海院(どんかいいん)」につながる道があります。極楽門をくぐった者はすべて極楽浄土に行けるという言い伝えがあるので、ぜひ極楽門をくぐることをおすすめします。

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極楽門から奥の院に続く道沿いには、無数の塔婆が並ぶ道が続きます。これは「岳参り」または「岳詣で」と呼ばれる、三重県の朝熊山周辺地域の習わしによるものです。この地域では、亡くなった人はすべて朝熊山から冥土に向かうと考えられていることから、金剛證寺から奥の院・呑海院までの道に塔婆を立てて供養するのです。

三重県・朝熊山の地域信仰

朝熊山は、金剛證寺の存在だけでなく、山そのものも信仰対象であると考えられています。平安時代末期には朝熊山で埋経信仰があり、当時の経筒や経塚が確認されています。

また、金剛證寺の奥の院まで塔婆を立てて死者を供養する「岳参り」「岳詣で」は、宗派に関わらず地域の慣習として根付いています。このことからも、朝熊山自体が神秘的な場所として信仰されていることがうかがえます。

朝熊山への「十三参り」

朝熊山信仰の象徴的な行事として、「十三参り」も挙げられます。これは、三重県の南伊勢および志摩半島全体で、近年まで行われていた風習です。十三参りは、男女ともに13歳を迎えると朝熊山に登るという、成人の儀式でした。三重県の一部の地域の習わしとは言え、地域の人々にとって朝熊山が非常に重要な存在であることがわかります。

金剛證寺の御朱印

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金剛證寺では、御朱印を頂くことも可能です。金剛證寺の御朱印は非常に力強い筆使いが特徴で、参拝記念に頂くことをおすすめしたい御朱印です。金剛證寺オリジナルの御朱印帳を購入することもできますので、これから御朱印集めを始めてみたいという方も、気軽に御朱印を頂くことができます。御朱印の料金は300円です。

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御朱印は、境内にある売店でお願いすることができます。同じ場所で、御守りや念珠なども購入可能です。特におすすめのお土産が「萬金丹」です。これは、600年以上も前から伊勢に伝わる薬で、胃腸の不調に効果てきめんなのだそうです。和漢薬配合で体に優しく、古来からお伊勢参りの土産物として人気を博してきた薬です。

伊勢神宮と金剛證寺のおすすめ参拝ルート

伊勢神宮の奥の院にあたる金剛證寺は、やはり伊勢神宮と合わせて参拝するのがおすすめです。実は古来から「正式なお伊勢参り」と伝わる参拝ルートがあることをご存知でしょうか?ここでは、金剛證寺を含めたお伊勢参りの順序を、簡単にご紹介します。ぜひ正式なお伊勢参りをして、強力な御利益を得ることをおすすめします。

1.二見興玉神社でお祓い

まず向かうのは、伊勢市二見町江にある「二見興玉神社」です。かつて、伊勢神宮を参拝する前には二見浦で沐浴をして身を清める「浜参宮」という習わしがありました。現代では海で身を清める代わりに、二見興玉神社でお祓いを受けるのが、お伊勢参りのスタートになります。

二見興玉神社の御祭神は猿田彦大神を祀っており、縁結び・夫婦円満・交通安全に御利益があると言われています。境内には猿田彦大神の使いとされるカエルの置物が点在し、パワースポットとしても有名な「夫婦岩」があることから、観光スポットとしてもおすすめの神社です。

2.伊勢神宮を参拝

二見興玉神社で身を清めたら、いよいよ伊勢神宮へ向かいます。伊勢神宮は内宮と外宮の2つがありますが、まずは外宮から参拝するのが、古くからの習わしだそうです。内宮と外宮は離れているため、内宮だけを参拝する方が多いですが、ぜひ外宮にもお参りされることをおすすめします。

外宮でのお参りを済ませたら、続いて内宮を参拝します。内宮には皇大神宮をはじめ、観光スポットとしての見所が満載です。創建2000年もの歴史を誇る皇大神宮では、皇室の御祖神であり日本人にとっては総氏神にあたる天照大御神が祀られており、国内屈指のパワースポットとしても知られています。

3.金剛證寺で鬼門除け

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伊勢神宮の外宮と内宮での参拝を終えたあと、最後に向かうのが、伊勢神宮の鬼門にあたる金剛證寺です。鬼門とは、隙がある方角のことです。その隙を補うために、鬼門にある金剛證寺に参拝をします。二見興玉神社でのお清めから金剛證寺での参拝までの一連の流れが、正式なお伊勢参りだと言われています。

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金剛證寺へのアクセス1:公共交通

朝熊山の山中にある金剛證寺は、最寄り駅である五十鈴川駅から離れており、公共交通でアクセスしたい方にとっては行きづらい場所にあります。唯一、三重交通の「参宮バス」(スカイラインルート)が五十鈴川駅と朝熊山を結んでおり、金剛證寺に直接アクセスできる手段となります。

ただし、この三重交通の参宮バス(スカイラインルート)は、土日祝のみの運行で各日5往復と、決して本数は多くありません。バスでのアクセスを予定されている方は、事前に三重交通のホームページ等で時刻表を確認されることをおすすめします。五十鈴川駅や伊勢神宮からタクシーも利用できますが、料金が高額になるため利用者は少ないです。

金剛證寺へのアクセス2:徒歩

五十鈴川駅から金剛證寺までは、歩いてアクセスすることも可能です。五十鈴川駅からの金剛證寺まで、距離は約9km、時間にして2時間30分程度の道のりなので、決して楽なコースではありませんが、ハイキングをしたい方や、朝熊山登山を楽しみたい方にはおすすめです。神秘的で美しい朝熊山の空気を、目一杯吸うことができるアクセス方法です。

金剛證寺へのアクセス3:車

高速道路を利用して金剛證寺にアクセスする場合は、伊勢自動車道「伊勢西IC」が最寄りの出口です。高速道路を降りたら内宮方面へ5分ほど走り、伊勢志摩スカイラインを通って「伊勢料金所」へ向かいます。伊勢料金所から金剛證寺まで、約15分です。

金剛證寺は、直通でアクセスできる公共交通が三重交通の参宮バスのみに限られているのが現状です。その三重交通の参宮バスでも、土日祝のみの運行です。運転免許をお持ちの方であれば、マイカーやレンタカーなど車を利用するのがおすすめです。金剛證寺は境内に駐車場があり、車でアクセスしやすい環境です。

金剛證寺の駐車場

金剛證寺の駐車場は、仁王門側と極楽門側の2箇所にあります。それぞれ40台程度が駐車できる広さの駐車場なので、駐車場の心配はありません。どちらの駐車場にアクセスするかについては、本堂をはじめ金剛證寺全体を見たい方は仁王門側の駐車場、まず奥の院「呑海院」にアクセスしたい方は極楽門側の駐車場がおすすめです。

金剛證寺の拝観料や駐車場の料金は?

最後に、拝観前に気になる拝観料や駐車場の料金についてご紹介します。金剛證寺では、拝観料・駐車場料金ともに無料です。御朱印を頂く際や、境内でお守り等を購入する場合には料金が必要となりますが、拝観や駐車場といった基本料金がかからないのは嬉しいところです。

金剛證寺を参拝しよう

いかがでしたか。伊勢神宮の奥の院にあたる金剛證寺は、境内にパワースポットが多数存在する神秘的な場所です。山の中にあるので空気が良く、清浄な気持ちになれるのも、金剛證寺をおすすめしたい理由のひとつです。三重県を訪れる際には、ぜひ伊勢神宮と合わせて金剛證寺にも参拝して、お伊勢参りの御利益を余すところなく頂いてください。

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