倶利伽羅峠観光まとめ!桜の名所でもある見どころやアクセス・歴史も紹介!

倶利伽羅峠は、源氏と平家が戦った「倶利伽羅峠の戦い」で知られている歴史的な観光スポットです。さらに、北陸を代表する桜の名所としても有名なところです。そこで、倶利伽羅峠の見どころやおすすめの観光スポット・倶利伽羅峠の歴史・アクセス方法などをご紹介します。

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目次

  1. 1倶利伽羅峠とはどんなところ?
  2. 2倶利伽羅峠の名称の由来
  3. 3「倶利伽羅峠の戦い」について知ろう
  4. 4倶利伽羅峠の見どころスポット
  5. 5倶利伽羅峠観光のベストシーズンは春
  6. 6道の駅「倶利伽羅源平の郷」は倶利伽羅峠のくつろぎの場所!
  7. 7倶利伽羅峠へのアクセス情報
  8. 8倶利伽羅峠で歴史ロマンにひたろう

倶利伽羅峠とはどんなところ?

「倶利伽羅峠(くりからとうげ)」とは、富山県と石川県堺に位置する標高277mある砺波山(となみやま)の峠であり、歴史街道の「北陸道」が走っているところです。さらに、北陸を代表する桜の名所としても有名なところなのです。そこで、「倶利伽羅峠の戦い」で知られている「倶利伽羅峠」について、見どころやアクセス方法などをご紹介します。

石川と富山の県境にある峠で桜の名所「倶利伽羅県定公園」がある

富山県と石川県堺のある「倶利伽羅県定公園(くりからけんていこうえん)」には、約6000本もの八重桜が咲き誇る桜の名所なのです。倶利伽羅県定公園の桜は、例年4月下旬からゴールデンウイークにかけて見ごろになります。すると公園内がピンク色に染まって大変美しい景観が見どころですから、大勢の観光客が訪れて桜を愛でています。

「倶利伽羅峠の戦い」が展開された場所としても有名

倶利伽羅峠は、「倶利伽羅峠の戦い」または「砺波山(となみやま)の戦い」と呼ばれている源義仲(みなもとのよしなか)と平維盛(たいらのこれもり)が率いている平家軍との合戦が行われた場所としても有名なところです。現在でも源平合戦の戦場の跡など史跡が色々と残っており、山間の美しい自然の景観と歴史を体感できる場所なのです。

倶利伽羅峠の名称の由来

富山県と石川県堺に位置している峠の倶利伽羅峠ですが、「倶利伽羅峠」の名前の由来は峠にある日本三大不動の1つの「倶利迦羅不動明王」を祀っている御堂が存在したため、この地名が付いたそうです。しかし『倶利伽羅(クリカラ)』ってちょっと聞きなれない言葉かと思います。そこで、『倶利伽羅(クリカラ)』の言葉の由来について調べてみました。

「倶利伽羅」はサンスクリット語の当て字

『倶利伽羅(クリカラ)』の由来は、なんとインドの古典サンスクリット語"kulikah"(クリカーラ)の音写なのです。そして気になる"倶利伽羅"とは、黒い龍王というインドの八大龍王内の一王の名前なのだそうです。

参考までに倶利伽羅龍王は、岩の上に立つ宝剣に火炎に包まれた黒龍が巻き付いている姿をしており、龍王は不動明王の化身と崇められています。また剣と火炎は一切の邪悪、罪障を滅ぼすといわれています。そのため倶利迦羅不動寺の御本尊である倶利迦羅不動明王は、「剣に黒い龍が巻き付いたお不動様」を訳されています。

「倶利伽羅峠の戦い」について知ろう

倶利伽羅峠の戦いは、1180(治承4)年から1185(元暦2)年迄の約6年間にわたって起きた『治承・寿永(しじょう・じゅえい)の乱』の中の1つの内乱です。

倶利伽羅峠の戦いは、源義仲(みなもとのよしなか)が率いる源氏軍約4万余騎と平家軍約7万余騎という戦力の差を補うために、源義仲はある秘策を使って夜霧に紛れて奇襲をかけて勝利しました。その秘策は世に名高い奇襲「火牛の計」と呼ばれ、牛の逸話は歴史物の『源平盛衰記(げんぺいせいすいき)』にも記載されているそうです。

主人公は名将として名を馳せた木曽義仲

源氏軍を率いていた源義仲は、別名:木曽義仲(きそよしなか)の名前でも知られており、源頼朝・義経の兄弟とは従兄弟にあたるので、源氏の血を引いています。

ちなみに「木曽」の名は、現在の長野県木曽郡木曽町にあたる信濃国・木曽谷で育ったため、この地名が由来しているといわれています。

1180(治承4)年に後白河法皇の第3皇子の以仁王(もちひとおう)の平家追討の呼びかけに応じて挙兵しました。源義仲は、倶利伽羅峠の戦いで平維盛が率いる平家の大軍を打ち破り、その後も続く戦いにも次々と勝利して平安京入りを果たした名武将です。

「倶利伽羅峠の戦い」の歴史

「倶利伽羅峠の戦い」の直接的な原因は、1182(寿永元)年に起こった大飢饉によって平安京内の食料不足問題にあったといわれています。

関東や近江の各地で反乱が起こり、食糧供給できる北陸ルートが残っていたため、1183(寿永2)年春、平家軍が北陸に攻め入り、北陸に勢力基盤を置いていた源義仲と戦うこととなり「倶利伽羅峠の戦い」が起こりました。

源義仲は、兵力の差を考慮すると大群の平家軍と対峙するには圧倒的に不利なため、一計を案じた末に地の利を生かして平家軍を「猿ヶ馬場」で野営をするように仕向けて油断をさせます。義仲は見方を7手に分けて配置し、樋口兼光率いる兵の1隊をひそかに平家軍の背後に忍ばせておきました。

平家軍が寝静まった夜、約500頭の牛の角に松明を結わえ付けて平家軍へと解き放ち突撃させました。この時同時に攻撃を仕掛けられた平家軍はパニックになり、逃げ惑うも退路は樋口兼光に断たれてしまったので、唯一人のいない方向へと逃亡して行きました。ところがそこは倶利伽羅峠の崖だったので、次々と谷へ転落していき平家軍に大勝しました。

倶利伽羅峠の見どころスポット

富山県と石川県堺にある倶利伽羅峠には、「倶利伽羅峠の戦い」に関係のある観光スポットが色々とあります。しかも「倶利伽羅古戦場」や「火牛のモニュメント」などのように、当時の歴史を実際に肌で感じることができる見どころもあります。さらに展望台からの眺望も素晴らしいので、倶利伽羅峠の見どころスポットを一部ですがご紹介します。

倶利伽羅古戦場

倶利伽羅峠の見どころの1つである倶利伽羅古戦場は、文字通り1183(寿永2)年に「倶利伽羅峠の戦い」が行われた古戦場です。現在は、平家軍の総大将であった平維盛(たいらのこれもり)が本陣を敷いた場所の猿ヶ馬場が残っています。

この場所で義仲の秘策である奇襲「火牛の計」が展開されたところや、ドラマチックな逆転勝利を収めた様子などの歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

源平供養塔

倶利伽羅峠観光スポットの源平供養塔は、源平合戦の際に命を落とした両軍の兵士たちの御霊を供養するために、小矢部市民の有志により1974(昭和49)年に建てられました。源平供養塔は巨大な五輪塔をしています。

源平供養塔では、倶利伽羅峠の戦いが旧暦の5月11日(新暦では6月2日)の夜間から翌12日にかけて行われたことにより、毎年5月12日には「倶利伽羅源平供養塔追悼法要」が行われています。またここは、たくさんの兵士たちが命を落としているため、夜になると今もなお戦死者たちの霊が現れる心霊スポットになるそうです。

火牛のモニュメント

「倶利伽羅峠の戦い」で源義仲の秘策「火牛の計」の火牛を再現した火牛のモニュメントは、歴史を偲ばせる倶利伽羅峠観光で見どころの1つです。ちなみにこの火牛は、小矢部市のゆるキャラ"メルギューくん"のモデルにもなっているそうです。

実際の戦場でこの戦法が実話かどうかは定かではなく、『平家物語』第7巻に書かれている「倶利伽藍落」に牛のことは書き記されておらず、夜間の奇襲にて敗れたとなっているそうです。

倶利伽羅峠観光についての詳細は、「小矢部市商工観光課・小矢部市観光協会」のHPまたはお電話にてお問い合わせください。

住所 富山県小矢部市本町1番1号
電話番号 0766-67-1760

倶利迦羅不動寺

倶利迦羅不動寺は約1300年の歴史があり、千葉県にある成田不動尊・神奈川県にある大山不動尊と共に日本三大不動の1つといわれています。倶利迦羅不動寺は、高野山真言宗の別格本山です。

倶利迦羅不動寺は、倶利伽羅峠の戦いで多くのお堂や寺宝・記録などが焼失しましたが、源頼朝によって再建されました。

倶利迦羅不動寺は、山頂に本堂があるため階段もたくさんありますが、小矢部の町が一望でき、天気が良ければ立山連峰がきれいに見えるところも見どころです。さらに御朱印を頂くこともでき、台所と便所の御守りという珍しい御守りも頂くことができますので、訪れてみたください。

厄除け"念仏赤餅"つき

毎年4月28日と29日の2日間のみですが、『厄除け"念仏赤餅"つき』というつきたての厄除け念仏赤餅を頂ける特別イベントが行われています。念仏赤餅が振舞われる時間は、11時から12時迄倶利迦羅不動寺の境内で開催されますので、富山県観光に行くならこのタイミングで訪れると、厄除けも一緒にできていいかもしれません。

住所 石川県河北郡津幡町倶利伽羅リ-2
電話番号 076-288-1451

倶利伽羅県定公園展望台

倶利伽羅峠の見どころでもある「倶利伽羅県定公園展望台」は、2013(平成25)年4月29日に既存の展望台の隣に建設されました。この展望台は砦や櫓をイメージしたデザインだそうで、平安時代末期の雰囲気を再現しているそうです。この展望台からは、源平古戦場や美しい山並みの景観などが一望できますから、おすすめの見どころスポットです。

倶利伽羅峠観光のベストシーズンは春

倶利伽羅峠を観光するなら、春は桜のピンクと新緑の見事なコラボレーションが見られ、秋は紅葉の名所なので美しく彩る季節がおすすめです。倶利伽羅峠で見られる桜は、花びらの枚数が多くソメイヨシノよりも色の濃い八重桜なので、初夏の心地よい風を感じながら桜のトンネルを散策できる春に、観光で訪れてみてください。

倶利伽羅県定公園は北陸を代表する桜の名所

倶利伽羅県定公園は、倶利迦羅不動寺を中心に約6000本もの八重桜が咲き誇りますので、北陸を代表する桜の名所です。ちなみに、北陸のお花見スポットランキングでは北陸第1位に輝いています。さらに、この時期の人出は例年約65000人もあり、富山県内では第2位という人気のお花見スポットなのです。

倶利伽羅県定公園の桜の見頃

倶利伽羅県定公園は高地にあり遅咲きの八重桜がたくさんあるため、倶利伽羅県定公園の桜の見ごろは例年4月下旬から5月上旬になります。倶利伽羅県定公園では、例年4月下旬から5月上旬の18時になると200個の提灯が灯り、22時迄夜桜鑑賞を楽しむこともできます。

倶利伽羅県定公園では、『倶利伽羅八重桜まつり』を毎年4月28日から5月5日迄のゴールデンウイーク中に開催しています。倶利伽羅県定公園に関するお問い合わせは、「小矢部市観光協会」または「小矢部市の公式ホームページ」にてご確認ください。

住所 富山県小矢部市埴生字谷内2996-5
電話番号 0766-30-2266

道の駅「倶利伽羅源平の郷」は倶利伽羅峠のくつろぎの場所!

道の駅「倶利伽羅源平の郷(からくりげんぺいのさと)」は、レストランや売店以外にも、宿泊施設や休憩をしながら歴史を学べる歴史資料館もあります。倶利伽羅峠の戦いに関する資料が展示されていますので、倶利伽羅峠へアクセスする前か後に訪れてみると、歴史をより深く理解できるかもしれませんので、おすすめの観光スポットです。

疲れを癒すなら「倶利伽羅塾」で日帰り入浴!

道の駅「倶利伽羅源平の郷」には、「倶利伽羅塾・源平の湯」という別府温泉の湯質感を再現した人工温泉施設があります。お湯は無色透明のアルカリ性なので、柔らかく刺激が少ないです。

さらに、このお湯は古くなった角質を洗い流してくれるので、お肌がすべすべになる美人の湯といわれています。入浴料金は大人300円・小人200円となり、利用できる時間は曜日によって異なりますので、事前にご確認ください

アクセス方法

道の駅「倶利伽羅源平の郷」へのアクセス方法ですが、公共交通機関を利用するならJR金沢駅よりJR七尾線またはIRいしかわ鉄道線で津幡駅で下車後、タクシーに乗車して約10分で到着します。

お車でアクセスするなら、北陸自動車道金沢森本ICより車で約15分程で到着します。また気になる駐車場ですが、身障者用駐車場4台と大型車5台を含む71台駐車可能です。道の駅「倶利伽羅源平の郷」に関する詳細は、公式HPまたはお電話にてお問い合わせください。

住所 石川県河北郡津幡町字竹橋西270
電話番号 076-288-8668

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倶利伽羅峠へのアクセス情報

倶利伽羅峠は山奥深い場所にあるのでアクセスは悪いですが、歴史好きな方におすすめの観光スポットです。そこで富山県と石川県堺にある倶利伽羅峠へのアクセス方法ですが、県境の山間にあるためお車でのアクセスになります。倶利伽羅峠で見どころスポットは「倶利伽羅県定公園」内にありますので、こちらに駐車するとアクセスしやすいです。

北陸自動車道小矢部IC経由

富山県と石川県堺にある倶利伽羅峠へアクセスする場合、北陸自動車道小矢部ICから車で約10分程で到着します。では小矢部ICを下りてからの具体的なルートですが、県道42号を経由して道なりに走行すると最速ルートで倶利伽羅峠へ向かうことができます。ちなみに走行距離は、約8kmで約12分です。

能越自動車道小矢部東IC経由

倶利伽羅峠へのアクセスルートで能越自動車道小矢部東ICを経由するなら、車で約15分程で到着します。この具体的なルートですが、小矢部東ICを下りたら県道371号と県道16号を経由して、県道42号に入り埴生の交差点をそのまま直進すると県道274号に入ります。そのあとは道なりに進むと到着します。走行距離は11.0kmあり、約19分です。

駐車場情報

倶利伽羅峠観光で気になる駐車場ですが、大型バス用の駐車スペースもあり約200台駐車できます。また駐車料金は無料で利用できて年中無休ですが、営業時間は9時から17時迄なので、ご利用の際はお気を付けください。

ちなみに、道の駅「倶利伽羅源平の郷」へのアクセス方法は異なりますので、ご注意ください。道の駅「倶利伽羅源平の郷」へのアクセス方法は、上記の道の駅「倶利伽羅源平の郷」にて記述しておりますので、そちらをご覧ください。

倶利伽羅峠で歴史ロマンにひたろう

富山県と石川県堺にある倶利伽羅峠は、俳人の松尾芭蕉(まつおばしょう)が奥の細道行脚の折に北国街道を利用して、弟子の曽良(そら)と共にこの地を通った1689(元禄2)年旧暦7月15日(新暦8月29日)の朝に読んだ句があります。

芭蕉翁『義仲の/寝覚め山か/月かなし』と『平家物語』においては朝日将軍(あさひしょうぐん)とうたわれた木曽義仲の末路を涙して詠んだ句といわれています。松尾芭蕉のようにこの地を訪ねて歴史を身近に感じてみませんか。

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この記事のライター
カフェオレ