水戸城跡は茨城一の観光名所!歴史や見どころ・アクセスまで徹底ガイド!

水戸黄門で知られる徳川御三家の一つ、水戸徳川家の知られる水戸城跡は、近年多くの施設が復元されており、話題を集めています。そこで水戸城の歴史、見どころのほか、アクセス方法や周辺にあるおすすめ観光スポットも含めて紹介します。

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目次

  1. 1茨城観光でお城に行こう!人気スポット水戸城跡をご紹介
  2. 2水戸城の歴史
  3. 3水戸城跡の見どころ
  4. 4水戸城跡周辺のおすすめ散策スポット
  5. 5水戸城跡へのアクセス方法
  6. 6水戸城跡の周辺観光スポット
  7. 7水戸城跡を観光しよう

茨城観光でお城に行こう!人気スポット水戸城跡をご紹介

茨城県の水戸を象徴する「人」と言えば多くの方が思い浮かべるのが「水戸黄門」ではないでしょうか。その水戸黄門が領主である水戸徳川家の居城となったのが「水戸城」であり、茨城県を代表する観光スポットとしても知られています。そんな水戸城の見どころや歴史、アクセスについて紹介します。

水戸城の歴史

それではまず、水戸城の歴史について紹介していきましょう。今述べたように、水戸城は水戸徳川家の居城であり、江戸時代には水戸藩の政庁となっていました。水戸徳川家は江戸幕府を開いた徳川家康の十一男、徳川頼房を祖としており、徳川御三家の一つというとても格の高い家柄でもありました。

この水戸城が築城されたのは、なんと平安時代にさかのぼります。平安時代の建久年間(1190年から98年)に築かれたと言われ、常陸国の大掾であった馬場氏の居城となっていました。このころこのお城は「馬場城」と呼ばれていました。

1416年、上杉禅秀の乱が起こると、当時の当主が江戸氏に敗れ、水戸城には江戸氏が入ります。そして1590年、豊臣秀吉の小田原征伐の際に常陸は佐竹氏に与えられ、佐竹氏は水戸城を重要拠点として本拠を移しました。

ところが1600年に関ヶ原の戦いが起こった際、佐竹氏は態度を明確にしなかったことから、徳川家康により転封となり、その後には家康の五男の武田信吉が入ります。信吉は1603年に後継ぎを持たずに亡くなったため、次いで十男の徳川頼宣が入りました。

1609年、頼宣が駿府藩に移ったのに伴い、先ほど述べた徳川頼房が水戸に入り、以後江戸時代を通じて水戸徳川家が水戸城を居城とします。頼房は水戸城と城下町の拡充整備を行い、二の丸に居館を構えました。

1871年、水戸城は廃藩置県により廃城となりました。さらに1872年には東京鎮台の分営が置かれ、さらには放火事件も起こっています。さらに1945年には水戸空襲によって三階櫓を焼失するなどしています。

第二次世界大戦後になり、弘道館などが国や茨城県の史跡、重要文化財などに指定されました。さらに近年では、水戸市による復元事業が行われ、大手門や杉山門などが復元されつつあります。2021年には二の丸角櫓の復元も完成する予定となっています。

水戸城跡の見どころ

水戸城は水戸市の北側にある丘陵に作られています。北を流れる那珂川と南部にある千波湖を天然の堀として使い、土塁と空堀を使いながら作っており、典型的な戦国時代の東国の城のタイプと言われています。日本最大級の土造りの城とされているのです。

一応水戸城は水戸藩の政庁ではあるのですが、実は水戸徳川家は普通の大名と違い、江戸定府と言って常に江戸に藩主がいる藩でした。そのため水戸藩主が水戸城で政務を執るということはなく、そのため城の建物などは質素なものであったと言われています。

実際、日本の城と言えば誰もが頭に浮かぶ天守閣は水戸城には作られず、御三階櫓がその代用として使われました。この櫓は明治時代も残っていたのですが、水戸空襲で焼失して現在まで再建されずにそのままでいます。

このように、水戸城の建物などはあまり現在まで残っているものはないのですが、先ほども述べたように、近年水戸城の建物なとを復元する動きが出てきており、その中で観光客などに人気のスポットが増えつつあります。

そこで次に水戸城の見どころについて紹介していきましょう。水戸城は現在、水戸城跡として整備が行われており、茨城を代表する観光スポットの一つとして人気となっています。2020年現在、水戸城跡で見ることができるおすすめの観光スポットをいくつか紹介していきます。

水戸城 大手門

2020年2月、水戸城の大手門の復元が終了し、自由に通行ができるようになりました。二の丸の入り口のところに作られていますが、2009年に茨城県の坂東市にあるお寺から扉が発見されたことをきっかけに復元が進められることになりました。

復元にあたり、「一枚瓦城主」という方法で寄附を募り、さらに学術的調査をすることで、水戸城の大手門は復元されています。門に櫓が乗った形の櫓門と言われる形式の門で、復元に当たって起伏ができたことから、徒歩もしくはバイク、自転車での押し歩きでの通行が許可されています。

2020年に新たに完成した見どころということもあって、水戸城の新たな観光スポットとして注目を浴びています。これから人気が出てくるおすすめスポットの一つと言えるでしょう。

水戸城 二の丸展示館

現在の水戸城跡はほとんどのエリアが学校などの文教地区となっています。そのため、水戸城跡を全部見て歩くということはできないのですが、そのうち中学校の敷地の一角に「二の丸展示館」が作られており、一般の方も見学ができるようになっています。

この二の丸展示館では水戸城の模型などがあり、水戸城の往時の姿がよくわかります。実は水戸城の堀がJR水郡線になっていたり、道路になっていたりもしているので、そのあたりもよくわかるでしょう。これらを見てから実際にその場所に行ってみると、堀の大きさなどがよく体験できるかもしれません。

また、今述べたように水戸城跡地の多くは学校などになっているのですが、それらを建築する際などに出てきた水戸城に関わる遺物なども展示されています。

また、最初にも述べたように、水戸と言えば「水戸黄門」を連想する方が多いでしょう。水戸黄門、つまり水戸光圀の業績としてよく知られるのが「大日本史」の編纂ですが、こちらも展示されています。

二の丸展示館は入場料無料で見学をすることができます。開館時間は9時から16時30分までで、年末年始と中学校の行事などの日以外は開いているので、水戸城跡に観光に行ったらぜひこちらの見学をおすすめします。

水戸城跡周辺のおすすめ散策スポット

ここまで述べてきたように、水戸城は茨城でも人気の観光スポットとして知られていますが、おすすめの観光スポットはむしろ水戸城の周辺に多くあるかもしれません。水戸城そのものはほとんどが学校ということもあって、見られないところが多いためです。そこで次に、水戸城周辺にあるおすすめのところを紹介します。

杉山坂

杉山坂は1625年、水戸徳川家初代藩主である徳川頼房が水戸城の大改修をした際に作られた坂です。那珂川方面から水戸城二の丸に続く坂道で、水戸城の復元に伴って、道が拡幅され、水戸城にはなかった石垣などが作られるなどしています。

坂を上っていくと杉山門が現れます。この杉山門は面白いことに、杉山坂と平行になるように作られています。これは当時この場所に桝形が作られていたためで、いったんここで曲がって水戸城に入るようになっていたことを示しています。

そのまま杉山坂を進んでいくと、2本の大きなシイの木が立っています。このシイは樹齢推定400年と言われており、なんと水戸徳川家の前、佐竹氏がいた時からあったと言われているものです。水戸市の天然記念物に指定されており、巨木として人気の観光スポットとなっています。

さらに杉山坂を上がり、二中見晴らし台まで進みましょう。実は中学校の敷地内に見晴らし台が用意されており、一般の方が入ることができるようになっています。この見晴らし台はその名前のとおり、景色が美しいと人気の場所です。

水戸市はもちろんですが、那珂川の流れ、そして茨城県ひたちなか市の景色までも見えるという、人気観光スポットで、ゆっくりと景色を楽しみたい方にはおすすめの場所です。ここでゆっくりして二の丸に入って行くことになります。

弘道館

水戸城観光をするならば絶対に外せない人気スポットが水戸城の三の丸にあった「弘道館」です。水戸徳川家九代藩主である徳川斉昭が1841年に仮開館した水戸藩の藩校です。

斉昭が藩主になったころ、天保の大飢饉の影響で他の藩と同様に水戸藩も困窮していました。そこで斉昭は封建体制を守り、困窮した藩財政を改革するために藩政改革を進めます。その過程で特に意を注いだ政策が藩校の設置だったのです。

斉昭はもともと重臣が住んでいた屋敷を移転してスペースを作り、そこに弘道館を作りました。1841年に仮開館した弘道館はその後も整備がすすめられ、1857年、ようやく本開館にこぎつけたのです。

ここは藩の学校ということで、15歳から入学することになりました。入学に際しては「論語」などの試験があり、合格する必要がありました。一方卒業については特に定められておらず、また身分が高いものほど出席が義務付けられる日数が多かったと言われます。

また、弘道館では当時の多くの藩校で学ばれていた学問のほか、自然科学についても学んでいました。また「大日本史」の編纂が行われていたことから、その影響をうけた水戸学と呼ばれる学問の中心的な場ともなったのです。

明治維新を迎えると、水戸藩は改革派と保守派に分かれて争いが起こり、1868年の弘道館戦争により多くの建物が失われました。また1945年の水戸空襲では、国有となっていた弘道館の多くの書物が灰になったと言われます。

しかし、これらをくぐり抜け、正庁、至善堂、正門が現在まで残りました。現在、弘道館の敷地全体は弘道館公園という公園になっており、その中の旧弘道館の部分が国の特別史跡に指定され、茨城はもとより茨城県外からも多くの観光客が訪れる、人気の観光スポットとなっています。

また、2015年には日本遺産の近世日本の教育遺産 ー学ぶ心・礼節の本源ーを構成する文化財の一つにも選ばれ、観光に訪れる方にとってはおすすめの場所となっています。また、焼失を免れた書物は茨城県立歴史館などで管理されています。

弘道館はいつでもおすすめの観光スポットですが、特におすすめなのは梅の時期です。水戸の梅の名所としては偕楽園が有名ですが、弘道館にも約60品種800本植えられており、春の訪れを告げます。特に「江南所無」など「水戸の六名木」と呼ばれる梅は見事で、ぜひおすすめします。

2月下旬から3月いっぱいまでは偕楽園とともに「水戸の梅まつり」が行われますので、ぜひ水戸城とともにこちらの梅まつりも楽しんでみてはいかがでしょうか。

水戸黄門像

水戸城についていろいろ紹介してきましたが、最後に忘れてはならない「人」を紹介しましょう。水戸黄門こと、水戸光圀です。光圀は初代藩主徳川頼房の三男で、水戸藩二代当主です。権中納言という官位に就いていたことから「黄門」と呼ばれたのです。

ドラマや映画などで日本中を漫遊する物語が知られていますが、「大日本史」の編纂のため、家臣を日本中に派遣したと言われていたこと、また名君としての評判が高かったことがこの物語ができることにつながったと言われています。

JR「水戸」駅の前には、この光圀が二人の家臣を従えている像があります。この二人の家臣は日本中に派遣されたと言われる佐々十竹、安積澹泊で、この二人がドラマなどに出てくる「助さん格さん」のモデルと言われます。ぜひこちらもじっくりと眺めてみてはいかがでしょうか。

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水戸城跡へのアクセス方法

次に水戸城へのアクセス方法です。水戸城の住所は茨城県水戸市三の丸であり、JR「水戸」駅北口から徒歩で10分ほどのところにあります。徒歩でもそんなに遠くないので、散策しつつ行くのもおすすめです。

また、車でアクセスする場合は常磐自動車道「水戸」ICから約30分、北関東自動車道「水戸南」ICからは焼く15分で水戸城までアクセスできます。駐車場は弘道館の無料駐車場もありますが、数はあまりありません。有料駐車場はかなりの数が停められるので、満車の時はこちらを利用するとよいでしょう。

水戸城跡の周辺観光スポット

最後に、水戸城と組み合わせたい人気観光スポットをいくつか紹介します。まず、先ほども少し触れた梅の名所「偕楽園」はぜひ見ておきたい人気スポットです。日本三名園の一つに数えられており、先ほど紹介した梅まつりではこちらも多くの観光客でにぎわいます。

芸術に興味があるという方は「水戸芸術館」はいかがでしょうか。美術ギャラリーではさまざまな展示が行われているほか、劇場もあります。加えて塔の上からの景色を楽しむことができるため、お天気のいい日など多くの方が景色を楽しんでいます。

子供連れで楽しみたい方におすすめなのは偕楽園に隣接する「千波湖」がおすすめです。湖ですから湖畔の散策なども楽しめますが、公園があり、そこにはアスレチックなども設置されています。気候のいい時期などに体を動かしたい方におすすてめです。

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水戸城跡を観光しよう

水戸城跡は多くの場所が学校敷地となっていることもあって、たくさんのものが見られるわけではないのですが、現在残る遺構、そして現在復元が進められている施設によって、徳川御三家のお城の姿が浮かびあがりつつあります。まだまだ復元は続くので、新たな発見を期待して楽しんでみてください。

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この記事のライター
茉莉花

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