雄別炭鉱・病院跡地は北海道最恐の心霊スポット?その歴史も紹介!

北海道釧路市にかつて存在した雄別炭鉱や、炭鉱町にあった病院の跡地は北海道最恐の心霊スポットとして全国でも有名な場所です。雄別炭鉱にまつわる怪談話や、炭鉱町から心霊スポットに至るまでの雄別炭鉱の歴史についてご紹介いたします。

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目次

  1. 1北海道にかつてあった雄別炭鉱と炭鉱町
  2. 2雄別炭鉱は北海道の最恐心霊スポット?
  3. 3雄別炭鉱の心霊スポット1「煙突」
  4. 4雄別炭鉱の心霊スポット2「病院」
  5. 5雄別炭鉱の心霊スポット番外編「道中」
  6. 6近代化遺産「雄別炭鉱」
  7. 7雄別炭鉱の歴史
  8. 8雄別炭鉱の場所
  9. 9雄別炭鉱へ訪れる際の注意点
  10. 10雄別炭鉱は心霊だけじゃない!近代の日本を支えた炭鉱の町

北海道にかつてあった雄別炭鉱と炭鉱町

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雄別(ゆうべつ)炭鉱は、北海道釧路市にかつて存在した炭鉱です。歴史を見てみると、炭鉱町として栄えた雄別炭鉱は、炭鉱の閉山と共に消滅しゴーストタウンと化しました。昨今は、病院などの廃墟が残る心霊スポットとして恐れられています。雄別炭鉱にまつわる怪談や、雄別炭鉱の歴史についてご紹介いたします。

雄別炭鉱は北海道の最恐心霊スポット?

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雄別炭鉱は、北海道屈指の心霊スポットとして有名な場所です。かつては1万2千人が暮らしたとされる雄別炭鉱周辺は、炭鉱の閉山からインフラの消失までの期間が短く、建物が残されたまま人々だけが移り住むこととなりました。病院をはじめとして廃墟と化した建物は、ゴーストタウンの名をほしいままとしています。

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かつての炭鉱では危険な仕事も少なくなく、ガス爆発などで死傷者も出ました。そのような歴史や現存する廃墟が原因なのか、雄別炭鉱にまつわる怪談話は数多く残っています。雄別の近隣に住む若者は1度は肝試しに訪れている、有名な霊媒師もお手上げなど噂には事欠かないスポットです。

雄別炭鉱の心霊スポット1「煙突」

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雄別炭鉱でひときわ目を引くのが大きな煙突です。煙突は鉱内から伸びており、雄別炭鉱が機能していた時代には、炭鉱町で暮らす人々に熱を届けるボイラーとして重要な役割を担っていました。この煙突にまつわる怪談も少なくありません。煙突が逆さに見えたら町から出られない、煙突の上で笑っている少年がいる、などです。

雄別炭鉱の心霊スポット2「病院」

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雄別炭鉱にはいくつもの廃墟が残っていますが、病院跡の廃墟は特に心霊スポットとして知られています。病院の壁は多くの落書きが残されています。ボランティアの方の努力もあり薄くなっていますが、肝試しの場所として長く注目されていることがわかります。また、老朽化によりもろくなっている部分があるので心霊現象とは別に注意が必要です。

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病院にまつわる噂の一例をご紹介いたします。肝試しに訪れた人が病院内から何かを持ち帰ったそうです。病院や廃墟のあたりでは圏外だった携帯電話がしばらくすると鳴り出し、「○○返せ」という電話がきたという噂。逆に、圏外になっているのに着信が鳴り続けたという話もあります。

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病院の手術室や、地下にあるはずの霊安室が見つけられないという噂。これは心霊番組でも検証され、その存在を見つけることができなかったのだと言われています。乱暴目的に連れてきた女性を地下室に閉じ込め、少ししてから連れ出すと女性は白髪となっていたという噂もあります。

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日中に病院に訪れた人が、真っ黒な壁にぶつかったという話もあります。カメラのフラッシュで先を確認しようとしてもフラッシュがたけず、デジタルカメラも急に動かなくなったそうです。電気の通っていない廃墟の中ではありますが、日中なのに前が見えないほど暗くなったのは心霊現象ではないかと言われています。

雄別炭鉱の心霊スポット番外編「道中」

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雄別炭鉱のどこというわけではありませんが、雄別のあたりで心霊現象に遭遇したという噂も少なくありません。例えば、崖の方に引き寄せられる、崖にむかってふらふらと歩く友人の幻を見る、など危険な場所へ向かってしまうパターン。友人が取りつかれたように地面を掘りだしたり、倒れたりするパターンも報告されています。

車で向かう際にもさまざまなことが起こると言われています。例えば、車のライトが急に破裂した、知らない間に赤い液体がボディに付着していた、などの物損が出るパターン。車の乗車人数より少ない人数で向かうと、空いた座席の数だけ例を持ち帰ってしまうこともあるとのことです。

近代化遺産「雄別炭鉱」

雄別炭鉱は、2007年に経済産業省より近代化産業遺産として認定されました。近代化産業遺産は、歴史の流れごとに遺産を33のストーリーにふりわけています。雄別炭鉱は、「我が国の近代化を支えた北海道産炭地域の歩みを物語る近代化産業遺産群」のなかの1つ。認定されたのは炭鉱だけでなく、炭鉱に関連するものも多く含まれています。

炭鉱は資源の埋蔵されている場所によって決まるため、市街地と大きく離れることも少なくありません。そのため、炭鉱の規模に合わせて炭鉱町が作られます。また、炭鉱町から既存の市街地までの交通手段も発展していきます。雄別炭鉱では映画館などの娯楽施設がつくられたほか、雄別炭鉱鉄道という鉄道も阿寒町へとつながっていました。

雄別炭鉱鉄道の車両もチェック!

近代化産業遺産として、雄別炭鉱鉄道関連の資料は今でも多く残されています。代表的なのは鉄道車両「C1165号」と「8722号」です。C1165号は、阿寒町炭鉱と鉄道館に保存されていて、駅舎に停留するように展示されています。8722号は釧路製作所が保有していて、現在でも見学が可能となっています。

雄別炭鉱の歴史

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雄別炭鉱は、1917年に開発が始まった炭鉱です。1919年には北海炭礦鉄道株式会社が創設され、開発が本格化。翌、1920年からは市街地と雄別炭鉱を結ぶ北海炭礦鉄道の施設が始まります。1923年には鉄道も完成し、雄別の人口は増加していきます。そのため、尋常小学校が設立されるなど炭鉱で働く人達の家族への福祉も充実していきました。

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1924年、第一次世界大戦の影響による不況で北海炭礦鉄道株式会社は経営困難に陥ります。三菱鉱業株式会社に吸収合併され、名を雄別炭礦鉄道株式会社へと変更します。1928年には炭鉱設備の機械化や住宅の電力化が進みます。それに伴い、炭鉱における出炭量が倍増しました。

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1933年、大祥内でガス爆発が起こり、5人が亡くなり怪我人も多数出ました。翌1934年には大水害に見舞われ、大祥内の炭鉱住居5戸が流されています。そのこともあってか、1935年に雄別炭礦診療所が開設されました。1941年の出炭量はこれまでの歴史のなかで1番のものとなり、最盛期を迎えます。

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1944年には第二次世界大戦の影響から、政府より命が下されました。従業員や設備を九州などの三菱系の炭鉱に割き、雄別での採掘は中止されます。1945年、敗戦を機に徐々に操業が開始されていきます。1946年の財閥解体に伴い、雄別炭礦株式会社は三菱から独立します。

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1950年に朝鮮戦争が勃発します。戦争特需にのり、雄別炭礦の勢いは加速していきます。1957年、雄別から釧路にかけてディーゼルカーが運行されるようになります。炭鉱部門と鉄道部門が分離し、それぞれの社名が雄別炭礦株式会社と雄別鉄道株式会社となります。

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1961年には購買部も分離し、雄別商事が設立されます。それぞれの部門が安定し、独立していくなか日本は徐々に石炭から石油の時代へと転換していきます。それでも既に多くの採掘量をほこっていた雄別炭礦は発展を続けていきます。1963年には雄別工作所、雄別興産など次々に会社を設立し、雄鉄バスの運行も始まります。

1964年には出炭量が過去最高を記録。新設備の導入や開山準備などが進んでいくなか、雄別炭鉱は突如幕を下ろします。きっかけは、1969年の茂尻のガス爆発事故でした。茂尻炭鉱の閉山を機に、次々と閉山。1970年に雄別炭鉱会社は解散、会社によって成り立つ炭鉱町だった雄別も姿を消すこととなりました。

雄別炭鉱の場所

雄別という地名は現在、存在しません。かつて雄別が炭鉱町として機能していたときも、行政上は近隣の阿寒町の雄別番外地という扱いだったそうです。現在の地名に置き換えた場合、雄別は北海道釧路市阿寒町の布伏内(ふぶしない)という地区の周辺にあたります。

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雄別は釧路空港から車で40分ほどのところにあるようです。釧路空港側から阿寒湖方面へ国道240号線を北上します。途中、大きく東にカーブするところを曲がらずに直進すると20分ほどで布伏内に着きます。更に、布伏内から山の奥に向かって10分ほどで雄別の目印でもある大きな煙突が見えてきます。

住所:北海道釧路市阿寒町布伏内

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雄別炭鉱へ訪れる際の注意点

雄別炭鉱周辺は、国有林となっています。そのため、入林許可を受ける必要があります。また、炭鉱町であった当時とは異なり危険な場でもあります。雄別周辺はヒグマの生息地に当たり、襲われる可能性もあります。また、予期せぬ事態に陥った場合にも外部との連絡が取れません。雄別炭鉱周辺は携帯電話の電波が繋がらない場所でもあります。

雄別炭鉱は心霊だけじゃない!近代の日本を支えた炭鉱の町

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最後までご覧いただきありがとうございます。北海道の雄別炭鉱は今は廃墟が残るゴーストタウンです。最近では、日本の産業を支えた近代化遺産として注目されています。炭鉱には死傷者がつきもののため、心霊スポットとして語り継がれることも少なくない場所ですが、足を運ぶ際はマナーを守って訪れてください。

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