横浜・鶴見神社の御朱印やご利益は?御神木や祭りなど見どころもイッパイ!

横浜鶴見神社の御神木が空襲で被弾して伐採してみたら、御神木の根元からなんと古代の秘宝が出土したことで、横浜鶴見神社周辺は古代より祭祀が行われていたことが判りました。横浜鶴見神社の境内からは貝塚も発見されていて、横浜鶴見神社の成り立ちも詳しくご紹介いたします。

横浜・鶴見神社の御朱印やご利益は?御神木や祭りなど見どころもイッパイ!のイメージ

目次

  1. 1横浜・鶴見神社の前に
  2. 2横浜・鶴見神社の見どころ1:御祭神
  3. 3横浜・鶴見神社の見どころ2:御神木
  4. 4横浜・鶴見神社の見どころ3:祭祀遺物とは
  5. 5横浜・鶴見神社の見どころ4:鶴見川と杉山神社
  6. 6横浜・鶴見神社の見どころ5:最古の神社
  7. 7横浜・鶴見神社の見どころ6:延喜式内社とは
  8. 8横浜・鶴見神社の見どころ7:武蔵国六之宮の杉山神社はどこに
  9. 9横浜・鶴見神社の見どころ8:推古天皇の御代
  10. 10横浜・鶴見神社の見どころ9:神話
  11. 11横浜・鶴見神社の見どころ10:江戸時代
  12. 12横浜・鶴見神社の見どころ11:明治以降
  13. 13横浜・鶴見神社の見どころ12:鶴見の田祭り
  14. 14横浜・鶴見神社の見どころ13:お祭り
  15. 15横浜・鶴見神社の見どころ14:ご利益
  16. 16横浜・鶴見神社の見どころ15:御朱印
  17. 17横浜・鶴見神社の見どころ16:富士山・浅間神社
  18. 18横浜・鶴見神社の見どころ17:本殿
  19. 19横浜・鶴見神社の見どころ18:狛犬
  20. 20横浜・鶴見神社の見どころ19:鶴見の七福神めぐり
  21. 21横浜・鶴見神社の見どころ20:アクセス
  22. 22横浜・鶴見神社で御朱印を頂こう

横浜・鶴見神社の前に

横浜鶴見神社は鶴見川流域に広がる杉山神社系の神社です。その成り立ちは謎に包まれていてはっきりとしたことが判っていません。謎が謎を生み解決しないまま今を迎えています。1400年前ぐらいにできたであろうことは分かってきましたが、その後の展開が江戸時代から論議されています。横浜鶴見神社の事を詳しくご紹介致します。

横浜・鶴見神社の見どころ1:御祭神

横浜鶴見神社は五十猛命(いそたけるのみこと)と素戔嗚尊(すさのうのみこと)が御祭神です。素戔嗚尊の子が五十猛命で創建は推古天皇の御代(約1400年前)と伝わっています。続日本後記承和五年(約1170年前)に武蔵国都筑郡杉山の社のことが出てくるのですが、これが横浜鶴見神社が有力だと江戸時代の国学者が文献に残しています。

横浜・鶴見神社の見どころ2:御神木

鎌倉幕府四代将軍・藤原頼経(源頼経)1241年仁治2年が鶴見神社に参拝した折に、欅(けやき)の木を4本と富士塚を奉納したと伝わっています。境内には4本のケヤキが残っている写真もあり、1962年昭和37年御神木が倒れるのを防ぐために伐採したら幹の下から古墳時代の土器などが出土しました。

この土器などは祭祀の時に使われるもので祭祀遺物とされ、現在は宝物庫に保管されています。弥生時代後期の土器や古墳時代の土師器(はじき)、加えて鎌倉時代の祭祀遺物も見つかっています。かつて鶴見神社は杉山大明神もしくは杉山神社と言われ、鶴見川流域に広がる独自の信仰である杉山神社の系列であったことが判ります。

江戸時代に大きくなった御神木の欅の内1本を江戸の芝居小屋の棟木にするために伐採すると病人が出るなど悪い事が続いたといいます。それで伐採した後に将来、御神木になる木を植えるとようやく悪い事はなくなり鎮まったといいます。御神木は住民たちの思いの結晶と言えなくもないのです。

御神木には目には見えない精霊や神様が宿ると考え、お供えをして土地に住む人々を守ってくれるようにお願いし手厚く祀ったのです。こうした特別の木は親から子へと受け継がれ御神木として成長していきます。根底にあるのは自然崇拝の日本人の思想であり、御神木をみだりに切ってはならないとする戒めでもあるのです。

横浜・鶴見神社の見どころ3:祭祀遺物とは

古墳時代の祭祀遺物の物に手捏土器(てづくね)といわれるものがあります。ろくろを使わず手でこねた小型の粗い素焼きの土器を手捏土器と呼んでいます。大変に粗い造りで焼も甘いものがあります。一般的な容器ではなく祭祀に使われたとするのが妥当と考えられます。古墳時代の末期6世紀から7世紀初頭に位置づけられます。

横浜・鶴見神社の見どころ4:鶴見川と杉山神社

創建当時は杉山神社もしくは杉山大明神と言っていて、不明なことが多く謎に包まれた神社です。杉山神社という神社は全国に特に鶴見川流域に集中して多くあり、自然崇拝的な感じで広まった土着の信仰と考えられます。また、多摩川を越えると全く杉山神社は見られなくなることも大きな特徴といえます。

このように特定の川やその流域に限定して広まった土着の信仰は以外に多いものです。荒川流域にある氷川信仰の氷川神社、元荒川流域にある久伊豆信仰の久伊豆神社、利根川流域にある香取信仰の香取神社などは境界をほとんど侵すことなく祀られています。江戸時代には杉山神社は72社あったと記録に残っています。

横浜・鶴見神社の見どころ5:最古の神社

多くの杉山神社は延喜式内社と言われていて、現存する杉山神社は40社余りあります。鶴見神社は御神木の近くから出土した土器の中に古墳時代の祭祀に使う土師器などが出土したため創建は推古天皇の御代より更に、古く遡ると考えられることから、横浜・川崎間では最古の神社と言われています。

横浜・鶴見神社の見どころ6:延喜式内社とは

延喜式内社とは、延喜式神名帳(927年)にまとめられた巻1から巻10のうち神社についてまとめられた巻9と巻10の中に記載された当時の神社一覧です。延喜式神名帳に載っている神社を延喜式内社または式内社と呼んでいます。その数は2861社に上り起源は不詳ですが7世紀末の白鳳期から10世紀の延喜の頃までにできた神社のようです。

対し式外社(しきげしゃ)はどのようなものなのでしょう。延喜式神名帳に載っていない神社ということになりますが、既に存在しているにもかかわらず記載されなかった神社もあります。石清水八幡宮、八坂神社、香雅宮、北野天満宮なども式外社です。仏教寺院と思われていたり編纂した中臣氏の意向に合わない神社などを含みます。

横浜・鶴見神社の見どころ7:武蔵国六之宮の杉山神社はどこに

「続日本後紀」に838年承和5年「武藏國都筑郡枌山神社預之官幣。以靈驗也。」と記され、さらに927年延長5年編纂の「延喜式神名帳」においては「都筑郡一座 小 杉山神社」に列各するとあり、杉山神社は延喜式内社とされています。どの多くの杉山神社も延喜式内社であるのですが、特定されていないのが現状です。

鶴見神社の住所の鶴見区は「橘樹郡」に含まれていると考えられ「都築郡」ではないため有力視されていません。しかし、武蔵国六之宮の杉山神社は定まっていないため謎が謎を生んでいます。おまけに武蔵国総社「大國魂神社」が横浜市緑区西八朔町の杉山神社を六之宮として独自に祀っています。

鶴見川流域にある杉山神社の多くは無人の社で、神職も不在のことが多く当然にして規模も小さい神社です。創建が江戸時代などの神社もあり、創建の浅い神社などを除外していけば、ある程度絞られてくるのではないかと推察します。それに昔は飛び地なるものが結構多くあったのです。その飛び地については誰も触れらていません。

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横浜・鶴見神社の見どころ8:推古天皇の御代

推古天皇の横顔

推古天皇は554年生まれで75歳で病死します。時代は飛鳥時代、30代敏達(びだつ)天皇の妻で、592年32代天皇である崇峻(すしゅん)天皇が蘇我馬子(そがのうまこ)に殺害され、女性初の33代天皇になります。史書にも「顔かたち煌々しく」とあり大変きれいな女性だったようです。加えて、大変聡明な女性でした。

聖徳太子

聖徳太子は推古天皇の兄弟の用明天皇の子で、本名は厩戸皇子(うまやどのみこ)と言い、古い1万円紙幣のあのお顔の方です。聖徳太子の成した事は遣隋使の派遣、冠位十二階の制定、17条の憲法の制定などが挙げられます。が推古天皇の御代だったから成し遂げられたとも言えるのです。

推古天皇の成した事

推古天皇は仏教を保護し普及に努めます。遣隋使の派遣や冠位十二階の制定も聖徳太子が実質は行っていますが、推古天皇がいなければ成し得なかったと言われています。反対勢力への時間稼ぎとでも言うのでしょうか。冠位十二階の制定は天皇に使える役人を12の役職に分け実力さえあれば、就くことができるようにしたのです。

中国の当時の隋に対等に付き合おうという手紙を小野妹子に持たせたのが遣隋使です。隋の皇帝は激怒するのですが小野妹子はひるまずに立ち向かい皇帝を納得させるのです。後に次の唐の時代になってもそれは引き継がれ、遣唐使の派遣で文化や仏教が日本に広められ、万葉仮名が生まれひらかなが誕生するのです。

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横浜・鶴見神社の見どころ9:神話

五十猛命(いそたけるのみこと)

天岩戸(あまのいわと)の事件で追放された素戔嗚尊(すさのうのみこと)は息子の五十猛命と共に、朝鮮の新羅に天下ります。この時五十猛命は多くの木々の種を持っていましたが、新羅がいやになり日本へ来るときも木々の種はそのままに持って来ます。そして日本中に木々の種をまいて回り、日本が緑豊かな国になったということです。

素戔嗚尊(すさのうのみこと)

素戔嗚尊が髭を抜いて放つと杉の木に、胸の毛を抜いて放つと檜に、おしりの毛を抜いて放つと槙の木に、眉毛の毛を抜いて放つと楠になりました。そうして生みだした木々を前に、杉と楠は船を造るのに適し、檜は宮を造るのに適し、槙は人々の寝棺を造るのに適していると教えました。

横浜・鶴見神社の見どころ10:江戸時代

文化文政の頃(1804年から1829年)に編纂された「新編武蔵風土記寄稿」によると鶴見村の鎮守です。いつできたのか不明だけれど、毎年1月16日の夕方に村人たちが歌い踊る明神の田祭りというものがあります。例祭は1月16日と天王は6月7日から14日迄です。浅間神社の末社は石を積み上げた小山にありその上に祠を建てたとあります。

杉山明神と牛頭天王(ごずてんのう)の相殿(あいどの)とされ、当時から現在と同様に二社相殿となっていたことが判っています。二社相殿とは一つの社殿に二つ以上の神を祀ることを言います。牛頭天王は後に素戔嗚尊と習合され、祇園祭の総本山とも言える京都八坂神社にも祀られているばかりでなく、全国の鎮守の御祭神としても有名。

かつては5000坪に渡る社地を有していて、東海道が整備され川崎宿と横浜宿の中間で人の通りも頻繁にあり、江戸名所図会や浮世絵などにも残されています。鶴見橋という橋も有名であったといい、古来より祭祀の場所として敬われ、村の鎮守として尊崇され、書物に載るほど誰もが周知していたのではないかと推察されます。

横浜・鶴見神社の見どころ11:明治以降

明治に神仏分離が行われ別当寺の最勝寺は廃寺となります。江戸時代以前にはよくあったことで、神仏習合が行われた神社を管理する寺のことを別当寺といいました。1873年明治6年に神社の格が村社となります。1872年明治5年新橋・横浜間に日本初の鉄道が開通し、鶴見神社の境内は線路で断ち切るように西半分がなくなります。

削り取られた処には浅間(せんげん)神社の末社がありました。1900年明治33年、蒸気機関車の火の粉が社殿に飛び火し焼失します。1920年大正9年社殿が再建されるのに伴い、杉山神社から社名を鶴見神社へと改称されます。戦後1962年昭和37年欅の木の根元近くから祭祀遺物が発見され更に2005年には土器2008年には貝塚を発見します。

江戸時代の国学者黒川春村が考証した「杉山神社神寿歌釈」から伝承の神事芸能である田遊びは一旦は1872年明治5年に絶えましたが1987年昭和62年復興され、例祭が田祭りとして行われるようになり横浜最古の神事芸能となり、田祭りは稲作の作業を模擬的に行い、その年の豊作を祈願する土着の神事を演じたところが芸能でもあります。

横浜・鶴見神社の見どころ12:鶴見の田祭り

鶴見神社の田祭りは鎌倉時代から伝承された日本の稲作の様子を春の鍬入れ、田植え、稲刈りなどの様子を演じてその年の五穀豊穣を祈ります。祈るだけではなく良い結果を得ようとし、あらかじめ期待する結果が得られるように演じることで、期待する結果を得られるとする呪術であり、予祝(よしゅく)行事と言われています。

同時にもう一つ子宝に恵まれるための性教育の場面もあって、明治の初め文明開化の波が押し寄せる中、欧米人の眼から隠すために田祭りは中止になって行きました。首都東京の側、横浜では隠さざるを得なかったというのが本音でしょう。地方に行けばこういう風習は往々にして残っていたりするものです。

鎌倉時代から続く鶴見神社の田祭りは旧家の古文書や鶴見神社元宮司黒川荘三氏の残した記事などに加え、現存する田祭りの見学などで、1987年昭和62年奇跡的に復活再興します。現在では毎年4月29日に鶴見神社境内で演じられ、大道芸なども加えて盛り上がっています。

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会場へのアクセスは鶴見神社境内の他、JR鶴見駅東口駅前広場、東口駅前公園などでパントマイム、南京玉すだれ、大道芸などが出演し盛り上げます。16:30より演者関係者のお祓いがあり、田祭り「神寿歌」(かみはぎうた)は18:00開演予定です。その他、模擬店や歌などの開始時間は正午より18:30頃までです。

住所:神奈川県横浜市鶴見区鶴見中央1-14-1
電話番号:045-501-4122

横浜・鶴見神社の見どころ13:お祭り

江戸時代初期から中期にかけて、牛頭(ごず)天王が祀られるようになりますが大きな出来事がありました。鶴見川上流にその当時、「鎮守天王社」があり、祭礼で使う神輿を鶴見川で洗っているときに流れてしまい、天王河原に今の鶴見橋辺りに神輿が流れき着ました。このような事を受けて鶴見神社に牛頭天王を祀るようになりました。

牛頭天王は素戔嗚尊と後に同一視されて、祇園信仰となり、杉山神社は土着の自然崇拝の信仰であり、一つになったと考えられます。今では御祭神は五十猛命(いそたけるのみこと)と素戔嗚尊(すさのうのみこと)の二祭神を相殿しています。流れ着いた神輿は現在も鶴見神社に現存し、横浜最古の神輿となっています。

お祭りは4月29日、杉山祭りと鶴見の田祭りが行われ、7月の第4金土日曜に天王祭が行われます。お神輿は天王祭のときにくり出されます。夜店が道の両脇に出て子供らが遊び、大人もお神酒に酔います。こうしてお祭りを盛り上げ、鎮守の神様を労うのです。お祭りのクライマックスはお神輿の渡御です。お祭りは最高潮を迎えます。

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横浜・鶴見神社の見どころ14:ご利益

ご利益は五十猛命が木の神様であることから、林業、建設業、造船業の方々からも信仰され、軍神のご利益もあります。素戔嗚尊(すさのうのみこ)には厄除けのご利益があり、病魔退散のご利益、縁結びのご利益、安産のご利益、荒れ狂う暴風雨から身を守るご利益、鶴見七福神の寿老人から長寿や家庭円満のご利益などもあります。

横浜・鶴見神社の見どころ15:御朱印

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鶴見神社の御朱印は社務所にて、申し込めば押印と書名を頂けます。正月の七福神めぐりのときなら寿老人の書名も入ります。鶴見神社へ参拝する日によって書名も変わって来ます。田祭りのときの御朱印、天王祭のときの御朱印それぞれに訪れて頂きたいものです。初穂料として300円必要です。

横浜・鶴見神社の見どころ16:富士山・浅間神社

864年貞観6年に富士山は大噴火します。人々は逃げ惑い溶岩は麓まで押し寄せ被害は甚大となります。なんとか神々の怒りを鎮めようと富士山を御神体とする浅間神社を建立したと伝わっています。1083年永保3年ようやく噴火がしずまり、修験者たちが富士山の力を得ようと登り始めます。江戸時代中期になると一般にも広まります。

富士山に登るには、体力、費用、日数も必要なことから、代表者が富士山に登って祈願するようになり富士講が生まれます。関東を中心に流行となり、その富士浅間神社の末社が鶴見神社にもあります。「富士山を拝み、富士山霊に帰依し心願を唱え、報恩感謝する。」という民衆信仰が興ります。異業種の交流も生まれます。

横浜・鶴見神社の見どころ17:本殿

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本殿はJRの線路に面するように建っていて、かつて線路も鶴見神社の敷地であり、線路より西に広大な敷地が広がっていましたが、日本初の鉄道の通行で大幅に縮少されてしまいました。鶴見の鎮守として地域住民から敬われ、杉山祭りや田祭り天王祭などを通して地域住民の親睦や文化活動にも積極的に貢献しています。

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鳥居をくぐり抜けて、右手に自動水洗の手水舎があり、柄杓をかざせば自動で水が出て来ます。本殿は五十猛神(杉山大明神)と素戔嗚尊(天王宮)をお祀りする二社相殿です。春日造りの本殿周りは富士山の火山岩が置かれていて、盗難よけなのか金網で囲まれています。火山岩とは珍しく印象深い風景にもなっています。

横浜・鶴見神社の見どころ18:狛犬

鶴見神社の狛犬は中々趣のあるりっぱな顔立ちの狛犬です。鶴見消防1番組よりの奉納と銘板に刻まれています。獅子山頂上の狛犬で足元には玉取り子取りとなっています。台座は本殿と同様に富士山の火山岩が積み上げられていて勇壮です。創建が古い神社であるだけに苔むした岩が威厳を表しています。

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横浜・鶴見神社の見どころ19:鶴見の七福神めぐり

総持寺・大黒様

総持寺は禅宗曹洞宗の大本山で、アクセスはJR鶴見駅西口を出て左に直進すると右方向に入口が見えて来ますので、右折して進むと山門です。静寂の空間が広がり広大な境内で迷子になりそうです。仏殿と大祖堂の間の道を通り金鶏門を通過して左にある建物が香積台です。静まり返った玄関先で靴を脱ぎ、長い廊下の右側に総受付があります。

廊下の突き当りに七福神の日本一大きい木彫りの大黒様が鎮座しておられます。お参りの後に引き戸を開けて総受付で御朱印をお願いします。御朱印マニアに評判の達磨の絵が描かれた御朱印がいただけることもあります。達磨の絵を描かれるのは老師でいつもおられるとは限らないのでおられればお願いしましょう。

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達磨の絵が描かれている御朱印は500円、通常の御朱印は300円です。別室で待つこと30分から40分ほどで出来上がってきます。一枚一枚手描きですので少々の待ち時間は仕方がありません。ちなみに老師とは年配の僧侶という意味ではなく「先生」という意味ですので心得ておきましょう。

また、達磨の絵が入った御朱印が欲しい場合、伝えないと分かりませんから申し添えましょう。宝物殿の営業時間は10:00から16:30分で入館は16:00までです。月曜日休館です。御朱印は香積台へ直接伺います。アクセスはJR京浜東北線鶴見駅西口より約5分です。京浜急行線京急鶴見駅より約徒歩7分です。

住所:神奈川県横浜市鶴見区鶴見2-1-1
電話番号:045-581-6021

正泉寺・恵比寿

正式名所は南海山瑠璃光院正泉寺といい、真言宗智山派で1624年寛永元年に全浄法印により開創されました。ご本尊の薬師如来座像は海中より出現されたと言い伝えられています。山門前の古いお地蔵様は同行47名で移動中、正泉寺の境内で休憩をとり再び動かそうとしても、重くなって何人も動かすことができなくなったという言い伝えも。

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こちらの恵比寿様は大鯛を持ち上げて舟形台座に祀られていて、勇壮です。地元生麦の漁師が江戸城に魚を納めていたという心意気を伝えていると言います。正月の鶴見七福神巡りの期間であれば、御開帳されているので本堂にあがらずに拝観でき、福徳を祈念することができます。アクセスは京急線花月園駅から徒歩約15分です。

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御朱印も頂けます。ご利益は商売繁盛、豊魚、海上安全、清廉です。波切不道明王で武相不動尊霊場でも知られています。神奈川金蔵院の末寺で玉川八十八か所霊場の第8番札所にもなっています。昔、網にかかった大きな亀を竜宮の使いだと漁師らが酒を飲ました亀の供養塔があります。

住所:神奈川県横浜市鶴見区生麦4-31-4 
電話番号:045-581-3227

安養寺・弁財天

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1500年明応9年創建でご本尊は阿弥咜如来です。浄土宗のお寺で、本山は総本山知恩院です。本尊の弁剤天は寺宝で胎内仏は弘法大師作と伝えられ、江戸時代から多くの女性や商人の信仰を集めました。アクセスは京浜急行生麦駅から徒歩5分です。毎年1月4日から七福神巡りで賑わいを見せています。

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ご利益は学問弁舌、技芸、財福、病苦、厄除です。トマトケチャップ草案者の清水興助氏も静かに眠っています。正月の七福神巡りの期間は幡が建っていますので、すぐに安養寺を見つけられるでしょう。御神木の大銀杏が孤高にそびえ立っていて、黄金に輝く御神木も見てみたいものです。駐車場もあるので車でのアクセスも大丈夫です。

住所:神奈川県横浜市鶴見区岸谷1-22-12
電話番号:045-511-5175

東福寺・毘沙門天

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山城国醍醐三宝院の勝覚僧正が寛治年間1087~1094年に創建したと伝わります。堀川天皇の皇子誕生祈願成就の子育観音霊場として古くから信仰のあるお寺です。正月の七福神巡りで毘沙門天像が御開帳され、参拝者が途切れることはありません。厄除のご利益、勝運のご利益、縁結びのご利益、子宝子育成就のご利益があります。

東福寺の観音堂には老中松平定信などからの扁額が寄せられていて、参拝者も多くあったと伝わっています。東海三十三観音霊場14番、玉川八十八か所霊場10番、東国八十八か所霊場14番、旧小机領三十三所子歳観音霊場10番、武相不動尊20番などの札所にもなっています。アクセスは京浜急行花月園前駅から徒歩で約4分です。

住所:神奈川県横浜市鶴見区鶴見1-3-5 
電話番号:045-581-5066

松蔭寺・布袋尊

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松陰寺は仙鶴山と号し、臨済宗鎌倉建長寺派に属しています。1334年建武元年の創建と伝っています。開山は仏寿禅師で、鎌倉の円覚寺、建長寺に歴任し、隠居後の地として草庵を結んだのが松蔭寺の始まりといわれています。境内には横浜市が名木古木に指定した御神木サルスベリ、タラヨウがあり、御朱印もお願いしてみましょう。

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御神木タラヨウは文字が書けることから葉書の語源の木で幹2.4メートル、高さ12メートルで見応えある御神木です。小高い山里に佇むわびさびの心境にも浸れるお寺です。布袋様は正月の七福神巡りに御開帳され、5月3日の入堂祭りは有名で二体の仁王様は一見の価値があります。アクセスはJR大口駅より徒歩、坂などあって20分です。

住所:神奈川県横浜市鶴見区東寺尾1-18-1 
電話番号:045-571-1701

熊野神社・福禄寿

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横浜熊野神社は1200年前の弘仁年間に紀州熊野の別当尊慶上人が勧進したのが始まりです。徳川幕府作成の東海道分間延絵図には熊野権現として、また東海道分間延絵図には熊野宮として載っています。江戸時代初期には鶴見川の西に、天保年間にはJRの線路辺りにあり、明治に日本初の鉄道敷設では立ち退かざるを得なくなりました。

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御祭神は国常立尊(くにのとこたちのみこと)、伊邪奈岐尊(いざなぎのみこと)波邪奈美尊(いざなみのみこと)の三神です。国常立尊は大国主命(おおくにぬしのみこと)の別名であり、天照大御神(あまてらすおおみのかみ)のご両親が御祭神で、夫婦和合、子孫繁栄を祈り人々を守る神様たちです。

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旧拝殿に掲げられた、欅の(けやき)の一本造りでできた親子龍を「木挽きの龍」と呼んでいます。幅124センチ奥行85センチ現在は横浜市歴史博物館に展示されています。ご利益は安産祈願、家内安全、厄除です。神社本庁が管理する無人の神社で完全予約制をとっています。アクセスは京浜急行鶴見市場駅から徒歩約3分です。

住所:神奈川県横浜市鶴見区市場東中町9-21
電話番号:045-501-8685

鶴見神社・寿老人

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鶴見神社の寿老人は長寿、金運幸福、健康安全にご利益があります。正月の七福神巡りでは1月4日から一週間前後に渡り、寿老人の御開帳がされています。過去に盗難にあったとかで現在の寿老人は2代目、御寄進によるものです。なんとも穏やかなお顔をされています。

住所:神奈川県横浜市鶴見区鶴見中央1-14-1
電話番号:045-501-4122

横浜・鶴見神社の見どころ20:アクセス

電車でのアクセスはJR京浜東北線鶴見駅東口から徒歩5分です。京急鶴見駅東口からのアクセスも可能で徒歩約5分です。バスでのアクセスは横浜市営バス、川崎鶴見臨港バスのアクセスも可能です。鶴見神社バス亭前から徒歩3分です。駐車場もあるので車でのアクセスも大丈夫です。

横浜・鶴見神社で御朱印を頂こう

鶴見神社の魅力は伝わったでしょうか。鶴見七福神ではアクセスの悪いお寺がわびさびの風情に浸れる所であったりしていて逆に街中にあるにもかかわらず無人の神社であったりしています。氏子たちが盛り上げる比較的行きやすい鶴見神社のお祭りや七福神巡りに行ってみましょう。

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マッシュ

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