2018年06月07日公開
2020年08月06日更新
アララト山(トルコ)の登山&観光の見どころ紹介!ノアの箱舟の遺跡も?
トルコ共和国の東端に位置する富士山にも似た山、アララト山。旧約聖書に登場する「ノアの箱舟」の大洪水の後、箱船が流れ着いた山としてヨーロッパ人によりこの名前が付けられました。アルメニア民族のシンボルでもあるアララト山の登山や観光の見所、箱舟の遺跡もご紹介します!

目次
- 1アララト山(トルコ)とはどんな山?
- 2アララト山(トルコ)で登山をするには?
- 3アララト山(トルコ)に登山するための道具
- 4アララト山(トルコ)の登山難度
- 5アララト山(トルコ)登山のベストシーズン
- 6アルメニア民族のシンボルアララト山(トルコ)
- 7アララト山(トルコ)の登山ツアー
- 8アララト山(トルコ)までのアクセス
- 9アララト山(トルコ)にあるメテオホール
- 10アララト山(トルコ)にあるノアの箱船サイト
- 11遺跡やアララト山周辺観光の見所1:ノアの箱舟ビジターセンター
- 12遺跡やアララト山周辺観光の見所2:イサクパシャ宮殿
- 13遺跡やアララト山周辺観光の見所3:カルスアニ遺跡
- 14遺跡やアララト山周辺観光の見所4:アルメニア教会
- 15遺跡やアララト山周辺観光の見所5:救世主教会
- 16遺跡やアララト山周辺観光の見所6:モスク
- 17遺跡やアララト山周辺観光の見所7:グレゴリオ教会
- 18遺跡やアララト山周辺観光の見所8:キャラバンサライ
- 19遺跡やアララト山周辺観光の見所9:アニ遺跡
- 20遺跡やアララト山周辺観光の見所10:シルクロード
- 21遺跡やアララト山周辺観光の見所11:ノアが作った最初の村
- 22遺跡観光とアララト山登山でノアの箱舟の謎を発見
アララト山(トルコ)とはどんな山?
トルコ語ではアール山(アウリダル)と呼ばれるアララト山。左に小アララト山、右側には大アララト山と2つの山がトルコ領に連なります。右側に位置する大アララト山が主峰、山の標高は5137メートルに達します。この山頂付近で「ノアの箱舟」の残骸が探検隊によって発見されていますが真実なのでしょうか?トルコの最高峰アララト山に迫ります。
アララト山(トルコ)で登山をするには?
アララト山はトルコ政府の登山許可がないと登ることができませんが、旅行会社のツアーや申請代行を通して申請することは可能です。アララト山登山申請に必要な書類をまず問い合わせてみるのがおすすめ。アララト山登山許可を申請し了解がもらえる間の月日も考慮し、数ヶ月早めにツアー設定もしくは申請を行っておく方がよさそうです。
悪天候の場合はアララト山登山が中止になる場合もありますが、悪天候に見舞われアララト山登山が中止になった事は過去10年間の間1度もないそうです。高山病予防のため4200m地点までの往復と3200m地点でのキャンプが行われていますが、日頃から運動を持続的に行っている体調が良好な方やアララト山へ容易に登れる方が望ましいようです。
アララト山(トルコ)に登山するための道具
アララト山登山をするにあたり必要なものは、アララト山登山中にとる1日3食の食事。荷物をアララト山キャンプまで運ぶラバ、それに個人用安全装備一式(ヘルメットやピッケル、ハーネスにクランポンなど)その他の安全装置(ロープ、アイススクリュー、カラビナ)や登頂許可証、テント、マットやバックパック、寝具や登山用ブーツ、ストックなどです。
望ましいとされるアララト山登山者は、自然を敬え、集団行動ができ、体調管理が万全で、できるだけ高山への登山経験がある方。アララト山登山に相応しい備えや準備ができる方です。ツアーより道具や寝具などがレンタルに含まれている物もあるのでご自分にあった会社や登山ツアーを選ぶのがおすすめ、クルド人居住区や治安には気をつけましょう。
アララト山(トルコ)の登山難度
アララト山は登山経験豊富なガイドと一緒であれば初心者でも登ることのできる難易度の容易な山です。5000m以上と標高が富士山よりも高くなるため高山病対策がしっかり出来ていれば大丈夫です。アララト山へ登る際の目安としては2日間ほど掛かりますが、降りるのは5から6時間ほどで下山する事が出来ます。
途中、昼食は草原に位置する民家や街でとることも出来、ドウバヤジッド又はヴァン空港が最寄り空港となっています。主峰である大アララト山は、キリマンジャロ(5895m)に比べて標高は低く、モンブラン(4810m)より高く、小アララト山でも標高は3896mに達します。アララト山の北東にはアルメニア、南東にはイランがあります。
登山ルートは4種類ほど用意されていますが、登山ツアーなどで一般的なのはクルド族の住むエリ村から登り始める南ルートが使用されるようです。まずドウバヤジッドで軍のチャックを受けたら、車で石積みの家屋が並ぶエリ村へ向かいます。そこからは車でなく馬などに荷物を積んでもらいますが、車になる事や他のルートになる事もあります。
アララト山(トルコ)登山のベストシーズン
6月下旬のベースキャンプにはまだ雪が豊富に残り高山植物などが生い茂っているようですが、8月以降になると雪もすっかり無くなり飲料水なども下から汲み上げなくてはならない事もあるようです。雪が少ない場合は標高の高い所まで馬で荷揚げをする事も可能ですが雪が多い場合、馬は途中までしか登れません。
登山のベストシーズンは、6月から7月とされ残っている雪の量によって登り易さも異なるようです。いずれにしても既に雪山登山の経験がある方にとっては、難易度の高い山ではなさそうです。雪が消える8月以降になると、ベースキャンプにも飲料水がなくなり下から汲む作業が必要になるため暑さ対策や覚悟が必要です。
ベースキャンプの他にもキャンプが張れる地点がアララト山には用意されていて、屋根上の3800メートル付近まで到達するとキャンプ地に石積みがされているのが見えてきます。このキャンプ地では登山で訪れた方がテントを張れるよう整地もされています。7月下旬以降は例年、4100メートル地点にアタックキャンプが設営されるようです。

アルメニア民族のシンボルアララト山(トルコ)
第一次世界大戦中は、オスマン帝国によってアルメニア人は山地と平地の境界部分から強制移住させられた過去がありその際に多くのアルメニア人が虐殺されました。しかしトルコ側とアルメニア側双方の主張は異なるため、アルメニア人虐殺によるこの複雑な問題は未だ未解決のままです。
大戦後、アララト山はトルコ領となりましたがアルメニアはそれを認めていないため、現在でもアルメニアの国章にはアララト山が描かれています。そのためアルメニアとトルコは未だ敵対し、国境は閉鎖されています。トルコにとってアララト山は問題の前線であるため軍の施設も近くにあり、どこでも自由に撮影が出来るわけではありません。
このような複雑な政治情勢と民族の問題などを抱えるトルコとアルメニア、イランの国境の境に位置するアララト山では、軍事的な問題やクルド族問題などで外国人による登山が禁止されていましたが、1999年に外国人へも登山が解禁されました。この山は富士山にもよく似た独立峰の死火山。現在でも政府の許可や軍のチェックが入っています。

アララト山(トルコ)の登山ツアー
アララト山の登山ツアーは毎年、7月から8月にかけて催行されています。日本人の方の参加は勿論可能ですが通用言語が英語もしくはトルコ語のみとなっているため日本語が必要な方は日本語のアシスタントや同行するツアーガイドのいるアララト山登山ツアーに申し込むのがおすすめ、人数が多く集まればアララト山登山ツアーが可能となります。
標高2100mの場所に位置するアララト山の登山基地、エリ村からなだらかな道を約3時間半かけベースキャンプへ。個人装備も馬で荷揚げを行います。ベースキャンプからアタックキャンプ(3800m)へは岩場などを登り約3時間半で到着、ここからは高度に順応するためアララト山4千メートル付近まで往復します。4900m付近まで登ると氷河が姿を表します。
氷河が現れた時点でロープを結び、アララト山頂上付近である一番標高の高い箇所を目指して雪の斜面を登っていきます。アララト山の頂上付近まで到着すれば緩やかな雪面が続くため、氷河登山となります。キャンプ夜間の気温は0度前後になるため雪山登山装備も必要。アララト山に存在するキャンプでは現地のコックに料理を作ってもらえます。

アララト山(トルコ)までのアクセス
日本からトルコへの利用航空会社はカタール航空、エミレーツ航空、エティハド航空、トルコ航空。トルコのカッパドキアからは、アンカラを経て国内線で地方空港であるアール空港へ向かいます。トルコ航空の公式ウェブサイトからアナドルジェットのチケットが購入でき、アール空港からアララト山近くのドウバヤジッドまではタクシーで60分です。
町の中心であるアブドゥーラバイラル通りは歩行者天国となっていて、この町にもホテルや食堂、スキー宿、レストランやツアー会社などが点在しています。クルド人の住むドウバヤジッドは、イランの国境からは約35m。アララト山の麓の町です。本来クルド人とは自分の国を持たない遊牧民。この地に定住したのは最近になってからのようです。
トルコの首都であるイスタンブールからは空路を使って1時間30分。アナトリア最大の都市、アルズルムに到着したら車でアナトリア高原を東へ走って行きます。その後約4時間でドウバヤジッドに到着。このドウバヤジッドは人口1万人の大きな町、生活必需品や食料、登山に必要なものはこの町でも入手可能です。

アララト山(トルコ)にあるメテオホール
ドウバヤジッド周辺の観光の見所としてよく知られている場所が、ノアの箱舟の形跡だと思われる残骸が残る場所とメテオホールと呼ばれ、1920年に隕石が落下して空いた大きな穴です。イラン国境であるギュルブラック中心を横道に入ったあたりにメテオホールが存在し、安全に観光が出来る様、人が落ちないように柵が設置されています。
現在では半分ほどまで崩れ、穴が埋まってしまっていますが、元々は深さが60m。直径は35mほどの大穴が、クレーターのような浅い跡ではなく隕石の落下によってより深く形作られています。このメテオホールのほど近くには国境線が位置しているため、この場所からは監視塔のやぐらがいくつも建っている姿が見えます。
アララト山(トルコ)にあるノアの箱船サイト
旧約聖書によると「ノアの箱舟」はドウバヤジッド近郊に位置するアララト山に流れ着いたとされ、現在でも形の跡が山に残されているのがわかります。1世紀のユダヤ人歴史家フラウィウスや3世紀バビロニアの年代記術者もノアの箱舟についての記録を残し、聖書考古学者のロンワイヤット氏の調査により、政府も1度はここを国立公園に指定しました。
しかし1960年にアメリカから派遣された調査団からは証拠不十分として調査は打ち切られ、未だこの遺跡がノアの箱舟であるという実証は公に得られていません。遺跡からは聖書に記録されている物と同じものが発見されていますが特に神への信仰心や大洪水の原因など、自然に対する脅威の念がない人々にとっては信じがたい事実なのかもしれません。
探検隊の話によれば2007年から2008年にかけ標高4000メートルのアララト山の山頂付近で巨大な木造の部屋が7部屋も発見され、2009年には撮影スタッフを連れそれを映像に収めたため、キリスト教徒でノアの箱舟がここに降り立ったという説を信じている方は多いそうですが、初期のキリスト教徒によって建造された祭壇という見方もあるようです。
遺跡やアララト山周辺観光の見所1:ノアの箱舟ビジターセンター
箱舟が漂着したとされるアララト山の美しい草原を見渡すと「ノアの箱舟ビジターセンター」と呼ばれる小さな建物が建っている場所があります。ここでは、ノアの箱舟の残骸の発掘に至った経緯などが写真と説明で記され、飛行機よりも大きく巨大な船の全長が記された展示物や写真、イラストを見ることが出来ます。
2016年アメリカのケンタッキー州では、創造博物館を運営しているキリスト教宣教団体によって「ノアの箱舟」を実物大で再現したテーマパークであるアークエンカウンターもオープンしています。箱舟の大きさは約155メートル、幅26メートルで高さは16メートルに及ぶため現代人が歴史から生きるための知恵を得たり将来を見据える上での教訓になりそうです。
遺跡やアララト山周辺観光の見所2:イサクパシャ宮殿
アララト山近郊に位置するドウバヤジットの町から東へ約5キロメートルほどの山の中腹に建つイサクパシャ宮殿は、17世紀にこの地方を治めたとされるウラット王国のクルド人であるイサクパシャに建てられたためこの名が付いています。100年近くもの長い年月をかけて造営された宮殿で、第1級の見応えある文化遺産です。
このイサクパシャ宮殿には366もの部屋数が存在します。年月を経た屋根は、既にあちらこちらが崩落しているため2階部分が無くなってしまっていますが、宮殿内の図書館や浴場、回廊を始め内部はしっかりと昔の姿を残しています。窓から外を覗き込めばそこには雄大な景色が広がり、宿泊先のホテルからも景観を眺める事が出来ます。
遺跡やアララト山周辺観光の見所3:カルスアニ遺跡
イサクパシャ宮殿を後にし、どこまでも続く平原や放牧地帯、岩塩高山を抜けると入り口付近に立派な城壁の残るライオンゲートと呼ばれるものが姿をあらわします。城門をくぐりカルスアニ遺跡の内部に足を踏み入れると、崩落が進んでいてほとんどの部分が崩れてしまっているのが解ります。
この小さな村で現在も見られる城壁は、その昔10世紀頃よりずっと繁栄していたアニの町の名残り。この町の周囲は、城壁でしっかりと囲まれていたそうです。町の最盛期には人口は10万人を越え、1001個もの教会が建っていた町だったそうです。シルクロードを通る行商人や旅人の通過点として栄えた場所のようです。
遺跡やアララト山周辺観光の見所4:アルメニア教会
かつてマルコポーロも渡ったとされる、アルメニア国境のアルバ川にまたがる今は崩れた石橋。この川を下って行ったところには聖グレゴリオ教会があり、深い谷に隔たれた向こう側に見える土地が、アルメニアになっています。アルメニア教会とは西アジア各地に存在する教会。
アルメニア人の間には、早い時期にキリスト教が広まり司祭のグリゴリー氏によってアルメニア教会が創設されています。当時はアルメニア正教とも呼ばれ、カトリックの三位一体説とは対立したキリストの単性説を信仰する教会だったそうです。対岸に目を向けると曲がりくねったシルクロードが長く続いている様子がわかります。
遺跡やアララト山周辺観光の見所5:救世主教会
イサクパシャ宮殿からカルスアニ遺跡を後にし、アルメニア教会や聖グレゴリオ教会を目指して行く途中、雄大にそびえる大草原の散策路を東の方へと歩いて行くと、崩落した建築物群がいくつか建っている姿が見えるのですが、これらは全て教会やモスク、復元修理の行われている救世主教会です。
この救世主教会は石造りですが、昔起きた地震や落雷により真っ二つに割れ崩れ落ちています。草原ではこうした自然による災害や危険とも隣り合わせ。気をつけて行かなければなりません。さらにここから散策を進めるとマルコポーロも渡ったという橋やシルクロードの通過点が示された看板があり壮大な歴史の1部になった感覚になります。
遺跡やアララト山周辺観光の見所6:モスク
対岸のシルクロードから西に向かい、少し川沿いを下っていけばモスクに到着します。このモスクは、トルコやアジア側全域を指すアナトリアで初めて建設された歴史あるものになっていて、天井のドーム部分や、イスラム教の宗教施設でよく見られる、礼拝告知を行うのに使用される塔であるミナレットは崩れてしまっています。
このモスクには、仮設屋根板も設置されています。そして、さらにここから後方に向かうと小高い丘の上に位置する城跡も見る事が出来ます。モスクの建物手前部分も既に崩落してしまっていますが、内部を見学する事は可能です。内部にあるモスクの窓からは石橋や、アルメニアの壮大な景色が堪能出来ます。
遺跡やアララト山周辺観光の見所7:グレゴリオ教会
立派な柱を持つモスクや歴史ある石橋を後にし、城壁の方向へ少し戻ると2つ目の聖グレゴリオ教会が姿をあらわします。このグレゴリオ教会は1040年に建設された教会で、帽子の屋根造りが特徴のアルメニア教会です。内部に足を踏み入れてみると当時のまま、白いドーム型の天井が残され、グレゴリオ教会は全部で3つこの地に存在します。
周辺には、壮大なアルバ川の支流や谷、放牧されている家畜などが目に映ります。興味深い事に、谷の上流方向の崖には昔の洞窟住居であったかのような穴が並んでいます。紀元前の太古より人が住んでいた形跡の残る場所のため遺跡が多く点在しています。遺跡中央には教会、マーケット跡や商品を陳列していた場所も見られます。
遺跡やアララト山周辺観光の見所8:キャラバンサライ
グレゴリオ教会の遺跡中央で見られた教会は既にかなり崩落していますが、ここはキャラバンサライとしても使用されていた場所。キャラバンサライとは、ペルシア語で「隊商宿」という意味の言葉。隊商のために取引をする場所、もしくは宿泊施設の事で、商業地区やバザールである市場のために建設されるものです。
キャラバンサライは、遠隔地交易の商人の他、地元の卸売商人の事務所や倉庫にも使用されていたそうです。1階が取引所になっている中庭付きの2階建て建築物が一般的だとされ、2階は客人の商人達が泊まる宿泊施設になっていました。店舗を持たない行商人達は卸売商人から商品を仕入れ、農村や遊牧地をまわったそうです。
遺跡やアララト山周辺観光の見所9:アニ遺跡
途中点在する柱や石柱、ジョージア教会や草原に多く点在したアニ遺跡群の見学が終了すると、入り口で見た城壁に戻ってきます。城壁はさらに西へと川に沿ってまだまだ続いていますが、出口は入り口とは違う西の端に位置する門より城壁の外へ出て見学が終了。見学時間の目安としては2時間半から3時間です。
西の端に位置する門から、入り口で目にしたライオンゲートの方へ戻るため見学後は東に向かって進みます。正面入り口には、チケットを購入するためのチケットブースと駐車場が用意されています。カルスの町ではドルネケバブやジャーケバブのを始め、郷土料理が堪能出来るのでレストランや喫茶店で様々なケバブが堪能出来ます。
遺跡やアララト山周辺観光の見所10:シルクロード
シルクロードは、長安の都が栄えた2世紀頃の時代に建てられた、ローマ帝国と漢とを結ぶ歴史上最も重要な交易路です。その1部分が2014年に初めてユネスコの世界遺産に登録され、中国の当時の栄華を今に伝えています。この名前はドイツ人の地理学者が初めて「絹の道」と使用したのが始まりだとされています。
この交易路によって、ステップ地帯であるモンゴルからカザフスタンの草原に住む騎馬民族や遊牧民族が、東西の文化交流の役割を担っていたようです。このルート上にある川流域に住んでいたとされる、ペルシア系の農耕民族であるソグド人達がシルクロードで行われていた交易を支配していました。
遺跡やアララト山周辺観光の見所11:ノアが作った最初の村
ノアの箱舟伝説の残る、神聖なアララト山付近の村ではノアが作ったとされる最初の村も大切に保存されています。ノア一行は、自分たちが乗ってきた箱舟を解体し、その木材を使用して家を造り始めたとされているため箱舟を降り村もつくったとされています。そこは今でも数件のみ家が存在する小さな村。
村の家は現在では全て石を積み上げて建てられています。ペルシア絨毯で知られるイランも近いため、各住居ではペルシャ絨毯が使用されています。ここではかつての半遊牧民的な生活が営まれ、馬や牛は重要な家畜であり働き手です。ここは観光地である西部エリアから離れた所にあり情勢の悪化が懸念されている場所のため治安には十分気をつけましょう。
遺跡観光とアララト山登山でノアの箱舟の謎を発見
古代よりシルクロードを通る旅人からもアナトリアの名峰として親しまれ、マルコポーロも書の中に記述したというアララト山を見てきましたがいかがでしたか?アララト山がノアの箱舟伝説や遺跡の残る聖なる地であることは理解していただけたように思います。長い間閉ざされてきた神秘の山、アララト山で是非登山を経験してみて下さい。
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