高野山の空海伝説に迫る!奥の院で毎日食事を届ける「生身供」が見もの!

和歌山県の高野山は世界遺産にも登録された観光地でもあり、仏教の聖地でもあります。ここには現在でも空海(弘法大師)が修行しているといわれ、毎日の食事が届けられています。今回は高野山のおすすめの見どころやミイラ伝説、空海にまつわる伝説などをご紹介します。

高野山の空海伝説に迫る!奥の院で毎日食事を届ける「生身供」が見もの!のイメージ

目次

  1. 1空海が開いた高野山は聖なる場所
  2. 2日本の仏教を語るのに欠かせない空海とは
  3. 3高野山は世界遺産
  4. 4空海が高野山を選んだいきさつ
  5. 5空海が開いた高野山へのアクセス
  6. 6空海が開いた高野山「壇上伽藍」の見どころ
  7. 7空海が開いた高野山の「奥の院」とは
  8. 8空海が開いた高野山「奥の院」の見どころ
  9. 9今でも空海がいるという高野山の「御廟」
  10. 10空海の食事を届ける高野山の「生身供」の儀式とは
  11. 11高野山で空海の世話をしている僧の維那(いな)
  12. 12空海が開いた高野山のミイラ伝説
  13. 13高野山での体験を通して空海の教えを感じてみよう
  14. 14空海が開いた高野山の宿坊に泊まってみよう
  15. 15空海が開いた高野山へ行こう

空海が開いた高野山は聖なる場所

和歌山県の北部にある高野山は空海(弘法大師)が開いた真言密教の聖地です。世界遺産に登録され、観光客が訪れる場でもあり、僧たちが日々修行を続ける場でもあります。この地では空海が1200年を超えた今でも修行を続けているとされ、毎日の食事が供されています。今回は高野山の紹介とともに、今でも生き続ける空海信仰についてご紹介します。

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日本の仏教を語るのに欠かせない空海とは

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高野山に真言宗を開いた空海とはどのような人物なのでしょうか。空海は死後に「弘法大師(こうぼうだいし)」という名が贈られ、そちらの方が聞きなれた人もいることでしょう。空海は774年に讃岐国(今の香川県)に生まれたと伝わっています。

京都の大学(官僚養成所)で学んだ時期を経て、2年の間今の中国である唐の国に学問僧として留学します。空海と同時期に唐に留学していた僧の中には、比叡山延暦寺を開いた最澄もいました。

空海は唐の国で真言密教の最高権威であった恵果阿闍梨(けいかあじゃり)に出会い、正式な継承者たる称号をもらって帰国、高野山に真言宗の修道所を開きました。空海は宗教家であるのみならず、書の大家としても知られています。「弘法も筆の誤り」のことわざは誰でも知っているものでしょう。

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弘法大師が建てた寺院や彫刻をした仏像、発見した温泉などなど、空海の伝説は日本各地に5000以上もあると言われています。これは全国を歩いた高野聖(高野山で修行した者)が長い歴史の中で空海と混同されていったためと考えられていますが、空海自身が人々のためにつくし、池の修築をするなど、社会事業者の側面をもっていたことも確かです。

高野山は世界遺産

高野山は8つの峰に囲まれた盆地状の比較的平坦な土地で、8つの峰のうち転軸山、楊柳山、摩尼山を「高野3山」と呼ぶことはありますが、「高野山」という山があるわけではありません。その地形は仏教の聖地にふさわしく「蓮の花が開いたよう」と言われています。広大な高野山には金剛峰寺をはじめ、117もの寺院が集まっています。

2004年に高野山町の石道と金剛峯寺境内、そして建造物12件が「紀伊山地の霊場と参詣道」の1部として世界遺産に登録されました。その後、2016年には黒河道、女人道、京大坂道不動坂、三谷坂が追加登録されました。高野山全体が世界遺産というわけではありませんが、主な観光スポットは世界遺産になっています。

空海が高野山を選んだいきさつ

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空海がなぜ高野山の地を選んだか、ということに関しては面白い言い伝えがあります。唐での2年間の修行が終わり、いよいよ帰国する時、日本で真言密教を広めるにふさわしい場所はどこか占うため、唐の海岸から日本に向けて三鈷杵(法具)を投げました。それが日本まで飛んで高野山の地に落ちたというのです。

日本に戻った空海は新しい仏教伝来の地を求めて歩きましたが、途中、狩人に変身していた神が連れていた犬に導かれ高野山に来てみると、唐国から投げた三鈷杵が松の木に引っかかっていたのを発見したのです。

真偽のほどはさておき、京都で学んでいた時代に空海は高野山の地、または周辺を訪れたことがあり、目星を付けていたのではないか、とも言われています。

空海が開いた高野山へのアクセス

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古くから多くの参拝客が訪れている高野山には、以前から参拝道がありましたが、近年はさまざまな交通機関を想定したアクセスが発達しています。関西空港からは直行のリムジンバスが出ていておすすめです。空港でレンタカーを借りて高野山へ向かえば、距離約70キロメートルで、1時間半ほどのドライブになります。

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電車を利用する場合は南海高野線の「極楽橋駅」から南海高野山ケーブルで高野山アクセスします。大阪からなら大阪駅や新大阪駅からもアクセスが良い「なんば駅」が起点になり、そこから南海高野線が利用できます。また、関西空港からも南海線特急ラピートを利用して「天下茶屋駅」まで出れば南海高野線が利用できます。

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広い高野山内の移動は徒歩ではなかなか大変です。山内にはバスが通っているのでそれを利用するのがおすすめです。大阪や和歌山の主要駅からの南海高野線の往復割引と高野山内のバスのフリー乗車券がセットになった2日間有効のお得な「高野山・世界遺産切符」は利用価値がありおすすめです。

空海が開いた高野山「壇上伽藍」の見どころ

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広い高野山には見どころが限りなくありますが、観光客が訪れるエリアは大きく分けて「壇上伽藍」と「奥の院」の2つです。「壇上伽藍」は高野山の中心で、主要な法会などが行われます。空海が高野山に入った時、1番最初に整備をしたエリアでもあります。壇上伽藍には多くの建物が建ち並んでいますが、配置には深い意味があります。

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5間2階建ての「中門」は高野山開創1200年を記念して近年再建されたものです。門内に置かれている四天王の像にも注目してください。「金堂」は高野山の総本堂という重要なもので、現在のお堂は昭和初期に建てられたものです。本尊は高名な彫刻家である高村光雲の作ですが、残念ながら秘仏で拝観することができません。

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金堂と御影堂の中間にある松の木は「三鈷の松」と呼ばれ、空海が唐の国から投げた三鈷杵が引っかかっていた場所と言われています。鮮やかな朱色がひときわ目を引く「大塔」の中は多くの仏像が安置され、柱にも仏が描かれていて、堂内そのものが立体の曼荼羅になっています。

その他にも「壇上伽藍」には建造物がたくさんあり、それぞれに謂れや意味があるので、説明書を読みながらゆっくり拝観するのがおすすめです。

空海が開いた高野山の「奥の院」とは

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高野山のもう1つの観光エリアは、「壇上伽藍」から1.5キロメートルほど離れた位置にある「奥の院」です。「奥の院」へは「一の橋」を渡って入ります。この橋から約2キロメートルの参道が続きますが、その1番奥に空海が今でも入定(悟りを得るための修行)していると言われる御廟があります。「奥の院」は高野山の核とも言える場所です。

空海が開いた高野山「奥の院」の見どころ

高野山の「奥の院」は大きく2つの区域があります。「一の橋」を渡ると、樹齢約700年といううっそうとした杉木立の中に皇族、諸大名、戦国武将、そして一般人に至るまで20万基を超える墓石、祈念碑、慰霊碑が並んでいる区域があります。宗派を問わず人々を受け入れる高野山ゆえの壮観さでしょう。

苔むした石塔もたくさんあり、昼でも薄暗い木立の中に墓石が林立する様は異世界に迷い込んだようです。織田信長や豊臣秀吉、上杉謙信などの供養塔もあり、歴史ファンなら見逃せないおすすめスポットにもなっています。

「奥の院」の墓石が建ち並ぶ区域を抜けると、観光客用のご茶処やトイレなどもありますが、そこはもう空海がいるという御廟に近い区域です。「御廟橋」は御廟に近い場所にある橋ですが、ここから先は聖域なので、写真撮影は禁止になります。橋を渡る時は服装の乱れを直し、一礼して渡ります。

今でも空海がいるという高野山の「御廟」

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高野山の「奥の院」の一番奥が、今でも空海が修行(入定)を続けていると言われる「御廟」です。「御廟」は3間4面構造、檜皮葺、宝形造の建物です。ここへは日本国内のみならず、世界中から多くの参拝客がやって来ます。空海は今でもここに肉体を留めて人々を救おうと努めていると信じられています。

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空海が入定に入ったのは835年、その前年に自らここを入定の地と決めていたと言われています。「御廟」は広い高野山の中で最も神聖な場所なのです。「御廟」の近くの「燈篭堂」の地下には明示されていませんが、修行を続ける空海に1番近い位置で参拝できる場所があります。単なる観光ではなく、篤い信仰心をもっている方におすすめの場所です。

空海の食事を届ける高野山の「生身供」の儀式とは

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今でも高野山奥の院の「御廟」で入定を続けているとされている空海に、毎日2回食事が届けられる儀式があります。朝6時と午前10時半になると、維那(いな)と呼ばれる高僧に先導された数名の僧侶が、食事の入った木の箱を運びます。

途中「嘗試(あじみ)地蔵」と呼ばれる味見をしてくれるという地蔵尊に立ち寄ります。その後「御廟橋」で一礼し、右奥の「灯籠堂」の中に入り食事をお供えします。この「生身供(しょうじんぐ)」という儀式は一般の観光客も見ることができますが、神聖な儀式なのでそれなりのマナーを守って静かに見守ることをおすすめします。

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空海の食事は御供所という場所で1200年もの間、欠かさずに作られています。メニューは精進料理で、朝はご飯と1汁2菜、昼はご飯と1汁3菜にデザートが基本です。正月にはおせち料理も運ばれるとか。時折揚げ物やパスタ、コーヒーなども供されるようですから、時代によって内容は変遷するようです。空海が入定した日には衣服も届けられます。

高野山で空海の世話をしている僧の維那(いな)

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「御廟」で修行を続ける空海に毎日食事を届ける僧侶が皆、空海の姿を見られるわけではありません。空海の世話をするのは食事の儀式を先導する「維那」という高僧だけです。維那だけが中に入って空海に食事を届けることができ、他の僧は中に入ることはできません。

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現在の空海の姿は、生前と同じように座して修行をしているのか、空海に替わる像が置かれているのか、はたまたミイラがいるのだという説もありますが、謎に包まれています。空海の世話役である「維那」の地位に就いた代々の僧が固く掟を守り、他言したものがなかったからです。

空海が開いた高野山のミイラ伝説

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入定から1200年近くもたった現在でも空海は高野山の「奥の院」で修行を続けている、という説はやはり一般人には信じがたいことで、ミイラ伝説が生まれたのもあながち空想ではないでしょう。『今昔物語』には、空海の入定後135年を経た年に御廟に入った者が「大師様(空海)の生きているように座るお姿があった」と言ったという記述があります。

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『今昔物語』の記述に加え、真言密教の教えに「即身成仏(修行を積み、生きているままで究極の悟りを開いて仏になること)」という言葉がありますが、それがミイラを表す「即身仏」と混同されてミイラ伝説につながったという説もあります。確かに日本の仏教界にはミイラにまつわる事例がいくつかあるのです。

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日本全国を見ると現在24体ほどの即身仏(ミイラ)がお祀りされています。そのほとんどは江戸時代以降の行者のものです。代表的な僧のミイラは山形県鶴岡市の鉄門海上人と鉄竜海上人、岐阜県揖斐郡の妙心法師、福島県石川郡の宥貞法印などです。ミイラになった壮絶な姿に人々を思う心や深い信仰心をうかがうことができます。

高野山の空海がミイラであるのかどうかは重要な問題ではないでしょう。大切なのは、空海が今でも慕われ、崇められて1200年も食事を届けるなど、信仰の支えになっているということなのです。

高野山での体験を通して空海の教えを感じてみよう

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高野山に行って通り一遍の観光では物足りないと感じる人には、各種体験がおすすめです。「阿字観」は真言宗における呼吸法、瞑想法で、座禅に近いものがあります。高野山の霊気の中で瞑想すれば心も落ち着き、日頃の慌ただしさを忘れることができるでしょう。一般の人は入れない阿字観道場に入れるのも魅力です。

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少し時間はかかりますが「写経」もおすすめです。昔から願いを込めて「般若心経」を筆でなぞることは心を豊かにする実践修行ともされてきました。また、高野山では年に何回か「森林セラピー」の催し物もあります。五感で森林を感じるられるこのセラピーは、念珠やアロマキャンドルを作るクラフト体験とセットで体験できる日もあります。

空海が開いた高野山の宿坊に泊まってみよう

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高野山は大変広く見どころも多いので、日帰りの観光では時間が足りないと感じることでしょう。時間が許せば宿坊に宿泊することをおすすめします。高野山内には117の寺があり、そのうち約半数の52寺は宿坊として、観光客や参拝客に宿を提供しています。中には温泉がある宿坊など、個性もさまざまです。

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宿坊に宿泊する場合、食事は肉類がない精進料理です。とはいえ、長い歴史の中で工夫され、発達してきた精進料理は肉がないことを忘れさせられるくらい満足度の高いものです。宿坊に宿泊すれば写経や阿字観、護摩焚き、法話への参加、夜の奥の院散歩などの体験ができるのもおすすめのポイントです。

空海が開いた高野山へ行こう

空海や高野山をはじめ、修行を続ける空海に食事を運ぶ「生身供」の儀式、ミイラ伝説などについてご紹介しましたが、国宝級の美術品が並ぶ「霊宝館」など、紹介しきれない見どころもいっぱいです。古くから人々の信仰を集め、数々の歴史文献にも登場する高野山は、単なる観光地ではなく、日本人なら一生に1度は訪れたい、心に染み入る場所です。

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MinminK

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